講演会のご案内

老年病理学研究チーム 仲村賢一・下村七生貴

 

「クローン羊のドリーちゃんのテロメアは通常より短いと新聞で見ましたがそうなのでしょうか?そうすると寿命はどうなるのでしょうか?」

 「そうですね。確かにクローン羊のドリーの血液のテロメアは、正常の繁殖で生まれた同年齢の羊よりは約20%短いと報告されています。ご質問のように、テロメアは寿命に関わっているという考え方があります。これは、1965年Hayflickがヒト正常細胞の分裂回数は有限であると発表したことに始まります。DNAは細胞分裂ごとにその末端にあるテロメア配列を約50から100 bp ずつ短くし、ヒトではその長さが5-6 kbp の長さになると分裂出来なくなります。このことからテロメアは「命の回数券」などと呼ばれています。  ところで、クローン動物とはひとつの細胞の核から個体に発生した動物で、生まれた子は核を提供した動物と全く同じ遺伝子を持っています。テロメアに関心を持つ人々にとって興味が惹かれるのは、ドリーが6歳の成羊体細胞の核から生まれたというところにあります。即ち、6歳の体細胞はテロメアが短縮していて、それから生まれたドリーはテロメアが短いのではと思われますが、実際測定したら短かった。即ち「命の回数券」が同年齢の正常繁殖で生まれた羊より約20%短く、ドリーは1歳で、正常繁殖の6歳程度の長さでした。加齢に伴うテロメア短縮も正常繁殖と同じ割合のようであります。従って、羊の寿命は約15年ですが、単純に考えますと、1996年7月生まれのドリーは2006年頃に寿命を迎えるかと思われます。」

 

(注)この記事は、平成13年(2001年)1月号の「老人研情報」に掲載されました。そののち、2003年2月14日、ドリーは、進行性の肺疾患のため回復が見込めないことから、安楽死しました。2001年末頃から、高齢羊に特徴的な関節炎を発症するなどしていました。6歳の短命でした。

 

「テロメアの本当の役割って何ですか?」

 「遺伝情報の本体は細胞の核内にある染色体ですが、これがむき出し状態でいると互いに融合したりして非常に不安定です。テロメアの役割はこの染色体をむき出しにしないということと考えられています。特に生殖は種の保存に欠かせませんから、生殖細胞には特別な機構が備わっています。生殖細胞はテロメレースというテロメアを伸張させる酵素を持ち、どんなに分裂してもテロメアは短縮しません。従って、テロメアは遺伝情報を持つ DNA配列のキャップとして、染色体を厳重に守り続けます。東工大の石川冬木教授は、「テロメアの最も重要な役割は、染色体を厳重に守ることで生物の繁殖を絶えず可能にすることではないか」と考えています。」

 

「テロメアが短縮するとどうして細胞は分裂しなくなるのですか?」

 「テロメアは染色体を保護していると考えられていますが、その末端はループ状を形成していることが最近分かりました。そしてテロメアが短くなるとこのループが形成出来なくなり、このことを細胞自身がDNAに傷害があると認識し、「もう細胞分裂はしない方が無難」と考えるのではないかとの仮説があります。恐らく、この状態でDNAを複製しても、染色体が不安定 でいわゆる不良品が出来る可能性があるということなのでしょう。ループ形成に関するこのあたりのシグナルのやり取りに関する研究はホットな分野であります。」

 

「テロメアの長さは寿命と関係あるのでしょうか?」

 「テロメアの長さは種によって様々でマウスなどはヒトより遙かに長いテロメアを持っています。しかし、マウスは最長でも36ヶ月位しか生きません。また、ヒトでも分裂再生しない脳や心筋では、テロメアが加齢に伴って短くならないのに死を迎えます。従ってテロメアの長さは寿命とは関係ないように思われます。分子遺伝学の白沢室長も臨床病理部門の研究報告会で同様の発言をされています。ところで、生体の組織には網の目のように血管が走行していることは良くご存じと思います。この血管の内側には血管内皮細胞という細胞が一層、シートのごとく張り巡らされて血管機能の保持に重要な役割を果たしています。加齢に伴って増加する動脈硬化の4大危険因子は高コレステロール血症、高血圧、喫煙、糖尿病でありますが、これらのリスクファクターは恐らく内皮細胞に傷をつけ、細胞を更新せざるを得ない状況を招いているでしょう。細胞分裂に限りがあるとしたら、いたずらに細胞傷害を起こさない方が良いと考えられます。この内皮細胞のテロメアが短縮して分裂出来なくなるとどうなるのでしょうか。分裂が出来ない状態の内皮細胞ではその役割は果たせず、前述の動脈硬化を始め3大死因の2位、3位を占める脳・心の血管障害、特に出血や梗塞を誘発することになるでしょう。皆さんのお住まいの住宅でライフライン(上下水道やガス管などの配管)が破綻すると建物としての機能は大きく損なわれます。年齢を重ねた体の中でも同様のことが起こっていることが容易に想像できます。
 死因に関わる病変の多くは細胞回転の盛んな組織に多く認められます。3大死因のトップである癌は細胞分裂の盛んな組織から発生しますが、一般的に癌組織のテロメア長は非癌部より短縮しています。慢性肝炎は炎症に伴う細胞分裂が増える結果、最終的には肝硬変・肝癌に至ると考えられ、慢性肝炎、肝硬変ではテロメアは短縮しています。これらのことから、我々はテロメアは寿命に関与する因子の一つであると考えています」

「私たちの努力で寿命を延ばせますか?」

 「自分自身の中に寿命をコントロール出来る手段を持てたらどうでしょうか?宗教心は無いのですが畏れ多いことだと思います。
 以下の結果は寿命を考える上でのヒントを示しているかと思われます。加齢に伴う肝組織のテロメア短縮を男女で比較しますと、男性のばらつきが大きいのに対して女性のばらつきは小さく、女性のテロメア長は年齢との回帰直線上に良くのっています。女性の肝組織のテロメアは加齢に伴い徐々に短縮します。男女間での寿命の差違などを考慮しますと、逆説的かもしれませんが、テロメアを規則的に減らすことが長寿の秘訣なのかもしれないとグラフは言っているように思えます。テロメアは男女間でのお酒やタバコなどの生活習慣などにも着目した解析が重要と思われますが、生活習慣や様々な環境因子によって、その短縮が変動する可能性があるのかもしれません。課題は山積だが、我が身のテロメアが尽きそうであります。」

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