講演会のご案内

老化制御研究チーム 石神昭人

 
 

 老化とは、加齢に伴って細胞や組織の機能が低下することです。この機能低下は、一般に不可逆的に進行し、それを止めることも逆戻りさせることもできません。これは、臓器についても当てはまります。我々は、加齢に伴って増える臓器障害の治療と予防法の開発に役立てることを目的とした研究に於いて、臓器障害を防ぐ働きがある分子SMP30を発見しました。この分子が加齢に伴う臓器障害を防ぐしくみについて、最近の知見を紹介します。

 

SMP30とは?

 SMP30 (Senescence Marker Protein-30/加齢指標蛋白質30) は、加齢に伴って著しく減少する蛋白質としてラットの肝臓から発見されました。加齢変化を示す蛋白質の多くは、男性ホルモンの影響を受けているため、雌雄で異なる増減傾向を示します。SMP30は、ホルモンの影響を受けず、雌雄共に加齢に伴って減少するのが特徴です。また、SMP30は、肝臓以外にも腎臓や肺で、同様に加齢に伴い減少しますが、その減少パターンは、臓器により異なっています。
 SMP30の遺伝子は、性染色体であるX染色体のほぼ中央に位置しています。男性の性染色体の組み合わせはXY、女性はXXですから、もしSMP30の遺伝子欠損疾患が生じるとすれば確率的に男性の方が多い筈です。我々は、SMP30が女性の長寿の原因の一つになっているかもしれないと考えています。今までにヒトをはじめとする多くの哺乳動物でもSMP30遺伝子が同定されています。最近では、酵母、枯草菌など、進化の最も初原的な生物でもSMP30とよく似た遺伝子が同定され、古代から生命維持に重要な役割を担っていたことが想像されます。

 

SMP30の機能とは?

 今までに我々が明らかにしたSMP30の機能を図1に示しました。SMP30は細胞膜にあるカルシウムポンプを活性化し、細胞の内から外に過剰なカルシウムを排出させ、細胞内のカルシウム濃度を一定に保つ働きがあります。細胞は常に外界からの刺激を受け、それに対して応答しています。時にはアポトーシス(細胞死)を引き起こす刺激も受けます。その場合には、細胞内カルシウム濃度が上昇し、アポトーシスが促進されます。しかし、細胞にはアポトーシスを回避するいろいろな防御機構があります。その防御機構の1つがSMP30なのです。


図1 SMP30はカルシウムポンプを活性化し、アポトーシスを制御する

 

SMP30遺伝子を破壊すると何が起こる?

 SMP30が加齢に伴う臓器障害にどのように関与しているかを調べるため、SMP30を作る遺伝子を破壊したマウス(以下、SMP30ノックアウトマウス)を作りました。遺伝子を破壊すると、多くの場合、お腹の中で死んでしまい、生まれてきません。しかし、SMP30ノックアウトマウスは、正常に生まれ、外見的には野生型マウスとほとんど違いは見られませんでした。しかし、電子顕微鏡で細胞の構造を観察してみますと、野生型マウスとの多くの違いが明らかになりました。すなわち、SMP30ノックアウトマウスは、非常に強い細胞障害(脂肪の粒の増加、細胞内老廃物の消化を行うライソゾームの異常な増加、蛋白質合成を行う小胞体やエネルギーを作るミトコンドリアの形態異常)を起こしています。また、劇症肝炎を引き起こす物質(Fas抗体)を注射してやると、野生型マウスでは何も起こらないのですが、SMP30ノックアウトマウスでは肝臓から酷い出血を起こし、数時間後に死んでしまいました。最近、中国製のダイエット薬で劇症肝炎に似た症状を呈する患者が出たと報道されました。マウスの実験から類推すると、この症状を呈する人たちはSMP30欠損患者であるのかもしれません。このように、SMP30は臓器の保護や生体の防御に重要な役割を果たしています。加齢に伴うSMP30の減少は、病原菌に対する抵抗力や臓器の機能の低下をもたらすと考えられます。

 

SMP30ノックアウトマウスは脂質代謝異常を起こしている?

 我々の別の研究から、SMP30 ノックアウトマウスは、脂肪肝に近い症状であることが分かりました。特に、脂肪成分の詳細な解析により、中性脂肪、コレステロール、リン脂質が増加していました。なかでも、リン脂質量は野生型マウスの約3.5倍と顕著に増加していました。これは、過剰な脂肪を処理する機能(脂質代謝)の異常が原因で、高脂血症や動脈硬化などの循環器疾患を引き起こす原因となります。SMP30ノックアウトマウスを詳細に調べることにより、これらの循環器疾患の原因究明、医薬品の開発などが期待されます。

 

SMP30はサリンを分解する?

 最近、SMP30に新たなる機能が加わりました。なんと、SMP30 にはオウム事件で有名になったサリン、ソマン、タブンなどの毒物や、除草剤、防虫剤などの有機リン化合物を分解する能力があるのです。米国ミシガン大学のLaDuらは、ラットの肝臓からサリンと非常によく似た構造をもったDFP(diisopropyl phosphorofluoridate)と呼ばれる物質(図2)を分解する蛋白質を見つけて、解析したところ、SMP30と同一であると報告しました。DFPやサリンなどの有機リン化合物を分解して無害にする酵素は、有機リン分解酵素と総称されます。また、生体内では悪玉コレステロール(LDL)や細菌の毒素を分解する能力があり、生体防御に重要な役割を果たしていると考えられています。当然、DFPやサリンなどの化合物は、近代に合成されたものであり、生体内には存在しません。従って、生体内には、SMP30が分解できる別の物質が存在する筈です。SMP30ノックアウトマウスの肝臓ではリン脂質が異常に増加していることから、SMP30にはリン脂質を分解する能力があるのかもしれません。


図2 DFPとサリンの構造

 

SMP30への期待

 加齢に伴って細胞や組織では、様々な外的、内的ストレスが増大します。SMP30は、それらストレスを抑える働きがあります。加齢に伴ってSMP30が減少すると、細胞や組織がストレスに耐える力(閾値)が低下します(図3)。また、さまざまな動物実験から、カロリー制限食を続ければ、寿命が延びるだけでなく、加齢に伴って発症する病気にかかりにくいことが良く知られています。カロリー制限を行った動物では、加齢に伴うSMP30の減少は起こりませんでした。このように、SMP30は、老化と非常に密接な関係があります。それでは、SMP30の減少を抑えることができれば、老化を予防できるのでしょうか?これに答えるには、さらに研究が必要ですが、SMP30の働きが全て解明された時、今以上に健康で生き生きとした高齢社会が必ず訪れると期待しています。


図3 SMP30が無いと臓器障害が起こりやすい

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