講演会のご案内

副所長 高橋 龍太郎

 

高齢者の入浴中死亡の実態

 入浴は一日の疲れを取り、ゆったりとした時を過ごす幸せな時間です。我が国では、全国各地多数の温泉がにぎわっていて、都市部にも日帰り温泉やスパなどの施設がそろっており世界で最も入浴好きの国民であるといっても過言ではないと思います。しかしその一方で、毎年厳寒期を迎えるころ、入浴中に急死する高齢者の報道が相次ぐのも事実です。ここで重要な点は、一人で入浴できる自立した高齢者が、必ずしもひどい体調不良や大量の飲酒がなくても犠牲になっているということです。その時死ななければもっと長寿を楽しめた可能性が高いだけに、その実態把握と対策は大きな健康課題の一つでしょう。
 東日本23都道県の救急本部の協力を得て、2011年一年間に、入浴中心肺停止状態(CPA)になった事例を調査したところ、4,200件を超す報告が寄せられ、これらをもとに全国での発生状況を推計したところ、17,000人もの人々が入浴中に死亡していることが明らかとなりました。1)
 入浴中の急死事例の把握にはいくつかの困難があり、真の実態を明らかにすることは容易でありません。特に死亡事例の診断名、病死か外因死かについては、検死制度の整備不足だけでなく、「なぜ入浴中に急死するのか」について根本的に未解明の点が多いので、入浴中にCPA状態になった事例から全国推計したこの調査報告はかなり実態に近いものであると考えています。調査の限界として、最大で1、2%程度みられる可能性のある蘇生例も含まれていること、搬送医療機関での医師による診断名が不明であること、などがあげられます。

 

どのようなとき入浴すると危険か

 入浴に伴う死亡に関連した統計資料として、厚生労働省の人口動態統計があります。この中で「不慮の事故死亡統計」にある溺死者数は家庭内で入浴中に溺死した方の概況を知る上で参考になります。(図1)2)ただし、図1の数字は海水浴での死亡なども含んでおり、また、溺死の死亡診断事例の数倍いるといわれる他の死亡原因に分類された事例は除外されています。そのことを念頭においたうえで、1998年から2007年までの10年間について、事故種別に死者数を月別に示したのが図1です。
 ここから明らかなように、入浴に伴う死亡は圧倒的に冬期間に発生しています。すなわち、気温の低下が最大のリスクであることはまちがいありません。また、入浴中CPA事例は、80歳以上の後期高齢者で多くみられ、しかも女性のほうが男性よりも多いことがわかりました。1)救急搬送事例を分析した2001年の調査報告によると、気温の絶対値の低さ以外の要因として、深夜帯に救急要請があった場合、より高齢な場合、女性の場合に死亡事例が増える傾向があります。3)
 以上から、気温の低下する冬期間でも、より温度が下がる日の夜遅くに入浴することが危険であり、また、外気温の影響を受けやすい断熱レベルの低い中古住宅、特にマンションなどよりも一戸建て住宅において急死事例が多くみられるようです。3),4)後期高齢期の女性になぜ多発するかという点に関しては、より虚弱な人の占める割合が高いためである可能性が示唆されますが詳細は不明です。逆に、これらの方の入浴法はさほど危険なものではないだろうと思われることから、高温浴や飲酒後入浴など従来から危険性が指摘された要因以外が関与していることをうかがわせます。

 

入浴中の死亡を防ぐための入浴法

 入浴を楽しみにしている人々が多数いるわが国において、「冬はシャワーですませる」などという対処法は受け入れられないだろうと思われます。もっとも有効であると思われる方法は、脱衣室や浴室の断熱性能を高めるような住宅改修を行うことです。しかし相当額の費用がかかり、他の居室はどうするかなど決断は簡単ではありません。次善の策として、日没前後のまだ気温があまり低くない時間の入浴や近所の銭湯・日帰り温泉などの利用、あるいは、知人やヘルパーさんにいてもらうなども考えてよいと思います。
 基本的な対策としては、脱衣室や浴室の温度を上げる、湯温を41℃未満にする、などによって、36℃前後である人間の体温からかけ離れた温度環境で入浴をしないようにすることです。湯温をもっと低くすべきではないか、半身浴の方がよいのではないか、といった議論がありますが、これも浴室や脱衣室の条件によっては非現実的なものといわざるを得ず、また、確実な証拠もありません。

 

文献:
1) 東日本における入浴中心臓機能停止者(CPA 状態)の発生状況 -東日本 23 都道県の救急搬送事例 4264 件の分析報告書-、2013
http://www.tmghig.jp/J_TMIG/release/release24.html 最終閲覧 2014.2.18
2) 厚生労働省平成21年度「不慮の事故死亡統計」の概況、2009
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/furyo10/ 最終閲覧 2013.7.5
3) 入浴事故防止対策調査研究委員会 調査報告書、東京救急協会発行、2001
4) 高橋龍太郎:高齢者の入浴事故. 公衆衛生, 75:595-599, 2011

 

図1.

事故種別死者数の月別推移(1998-2007年10年間の平均)(文献2)

 

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