講演会のご案内

超解像顕微鏡で見たミトコンドリアの内側

老化制御研究チーム 生体環境応答 大澤郁朗

 

ミトコンドリアと老化

 皆さんの細胞内にあるミトコンドリアは、機能が低下することで老化をもたらすと古くから考えられてきました。「老化のミトコンドリア仮説」です。

 

 細胞一つ一つに何十個から何千個も含まれるミトコンドリアは、顕微鏡でのぞくと糸状や粒子状の形をしています(図1)。ギリシャ語の糸は“ミト”で、粒子は“コンドリオン”。合わせて“ミトコンドリア”です。ここでは、私たちの身体に必要なエネルギーであるATP(エー・ティー・ピー)が生み出されています。この時に酸素を使いますが、その一部が有害な活性酸素となります(引用文献1)。実はミトコンドリア内に小さなミトコンドリアDNA(ディー・エヌ・エー)が入っており、細胞核の染色体DNAとは異なる遺伝情報を持っています。数十億年ほど前に起きた生命進化の名残なのです。この小さなDNAを活性酸素が攻撃します。このために老化するとエネルギー生産が低下し、ますます活性酸素が増加して老化が進むと考えられるようになりました(引用文献2)。アポトーシスなどの細胞死をコントロールする指令もミトコンドリアから出されます。こうした反応は全てミトコンドリア内で起きていると考えられます。しかし、図1の写真からミトコンドリアの外観は分かりますが、残念ながら中の様子まで見ることはできません。例えてみれば、えんどうの莢(さや)を眺めて内側の実の様子を想像している状態です。

 

 

図1:ヒト肺がん細胞内のミトコンドリア外観
糸だったり粒だったり様々な形をしたミトコンドリアが一つの細胞内で見える。線の長さは2マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの千分の一)。

 

 

ミトコンドリアの内部構造

 では、ミトコンドリアの内部はどうなっているのでしょうか?

 

 細胞を特殊な加工法で固めて電子顕微鏡で見ると、1ミリの百万分の一にあたる1ナノメートルの世界を観察することができます。

 

 ミトコンドリアは外膜と内膜という2枚の脂質膜に覆われ、その最も内側は“囲まれた場所”を意味するマトリックスと呼ばれるスペースです。ここにはミトコンドリアDNAを含む核様体があります。一方、酸素を使って効率良くエネルギーを取り出している呼吸鎖複合体群が内膜上にあり、電気エネルギーを使ってATPが生産されます(図2参照)。この時に一部の電気が“漏電”して、その漏れた電子が酸素に渡ってしまい、活性酸素が発生します。

 

 さらにミトコンドリア内膜はマトリックスに貫入して“カーテンのひだが密集しているような姿”を見せます。これがクリステです(図2)。クリステという呼び名はラテン語の“峰”や“波頭”を意味する言葉に由来しています。呼吸鎖複合体群は内膜のなかでもこのクリステ上に多いことから、クリステの形がエネルギー生産にとって重要であると考えられるようになってきました。

 

 ミトコンドリア内で大量の活性酸素を発生させたりカルシウムを強制的に増やしたりすると、ミトコンドリアがダメージを受けて細胞が死んでしまいます。この時、クリステのひだの数が大幅に減少し、その構造が壊れている様子を見ることができます。老化に伴って私たちの脳や心臓のミトコンドリア機能が低下することから、心筋細胞や神経細胞などでクリステ構造が損なわれていることが予想されます。

 

 しかし、クリステ構造が壊れたからミトコンドリア機能が低下したのか、それともミトコンドリア機能が低下したからクリステ構造が壊れたのか、そもそもクリステ構造は本当に必要なのか、次々と疑問が湧いてきます。やはり、生きた細胞のミトコンドリア内部を見たい!

 

 

図2:ミトコンドリア内部構造の模式図

 

超解像とは?

 その前に生き物の大きさについて考えてみましょう。

 

 日本人男性の平均身長はおよそ1メートル70センチ、うるさいハエは1センチ、かゆいイエダニは1ミリ、では細胞は?およそ10マイクロメートルで、1ミリの100分の1にあたります。肉眼で認識できる限界です。さらにミトコンドリアの直径は500ナノメートルで、なんと1ミリの2000分の1しかなく、大腸菌よりも小さい。こんなに小さいと普通の顕微鏡を使ってもその内側を見ることはできません。これを「光学限界」と言います。

 

 電子顕微鏡では特殊加工が必要ですから生きた細胞のミトコンドリア内を見ることはできません。そこで超解像レーザー顕微鏡を使うことにしました。“超解像”とは聞き慣れない言葉ですが、これは光学限界を超えることを意味しています。普通のレーザー顕微鏡では、特定波長のレーザー光を蛍光物質に当てて誘導放出された蛍光を観察しますが、光学限界付近でぼけてしまいます。そこで、ドイツのヘル博士は通常のレーザー光(例えば緑色)を照射した直後に小さな穴の開いたドーナツ状の超波長レーザー光(例えば赤色)を被せることを思い付きました(図3)。こうすると、後から被せたレーザー光がぼけを消してしまい、より小さな構造を数十ナノメートルに迫る分解能の蛍光画像として観察することができるようになったのです。この功績でヘル博士は2014年にノーベル賞をもらいました。

 

 

図3:超解像の原理
蛍光物質をレーザー光(緑)によって励起した直後にドーナツ状のレーザー光(STED光、赤)を照射すると超解像の蛍光スポット(黄色)が得られる。

 

生きた細胞のクリステが見えた

 それでは超解像レーザー顕微鏡で観察したミトコンドリア内部の様子をご紹介しましょう。

 

 ミトコンドリア内膜の電気エネルギーに引き寄せられて赤い蛍光を発する色素と、DNAに入り込んで緑の蛍光を発する色素で、同時にヒトの肺がん細胞を染め、生きたまま超解像レーザー顕微鏡で観察してみました。すると幅90ナノメートルで、150ナノメートル間隔に存在するひだ状の構造が赤く染まって見えてきました(図4A)。クリステ構造をとる内膜です。緑に染まる核様体がその間にはまり込んでいます。電子顕微鏡などのデータから計算したクリステの幅はおよそ30ナノメートル。超解像では一つの点が60ナノメートルの解像度で見えたので、30足す60の合計90ナノメートルの幅でクリステを観察することができました(引用文献3)。

 

 次にマトリックスに入れた緑色の蛍光タンパクと比べてみました。すると市松模様のように緑と赤が交互に見え、クリステ構造がマトリックスを取り囲んでいる様子を観察することができます(図4B)。

 

 さらにミトコンドリア外膜に緑色の蛍光タンパクを配置するとその内側に赤く染まる内膜がすっぽりと収まる様子を見ることができました。ひだ状の構造がミトコンドリアの内側にあることがよく分かります(図4C)。

 

 

図4:生きた細胞のミトコンドリア内部
赤く染まる内膜クリステ構造と緑は順番に(A)核様体、(B)マトリックスタンパク、(C)外膜タンパク。白い線の長さは500ナノメートル。

 

高速に変化するミトコンドリア内部

 今回の観察で、驚いたことにこのクリステ構造は高速で動いていることが分かったのです。私たちの細胞もゆっくりですがアメーバーのように動きます。じっと見ていても分かりませんが1時間程度コマ送りすると形を変え動いている様子がわかります。ミトコンドリアも同じで10分程度コマ送りすると動く様子を見ることができます。予想しなかったのですが、今回の研究で緑に染めた核様体の周りの赤いクリステ構造が秒単位でどんどん形を変えている様子を観察することができました(図5)。電子顕微鏡では見ることのできない世界です。ここでは呼吸鎖複合体やその原料となる有機化合物が激しく動きながらATPを創り出している生命のダイナミズムを垣間見ることができます。

 

 19世紀の半ばにミトコンドリアは発見されました。その後、20世紀の半ばにはミトコンドリアでATPが合成されること、その内側にクリステや核様体などの複雑な構造があることが解明されました。現在、様々な方法によってミトコンドリア内部のミクロよりもはるかに小さなナノの世界での変化を捉えられるようになってきました。こうした微小世界での変化が発生から成長、病気や老化といった私たちの身体の変化とどのように関わっているのか、世界中で研究が進められています。

 

 

図5:ミトコンドリア内部は激しく変化
赤く染まる内膜クリステ構造と緑に染まる核様体。短時間で形態が大きく変化しています。白い線の長さは100ナノメートル。

 
【引用文献】
  1. 大澤郁朗, 太田成男. ミトコンドリアの老化への関与とその機能異常. Molecular Medicine, 39:520-526, 2002.
  2. 大澤郁朗. 酸化ストレス防御系の破綻とアルツハイマ-型認知症. 医学のあゆみ, 232:698-704, 2010.
  3. Ishigaki M, Iketani M, Sugaya M, Takahashi M, Tanaka M, Hattori S, Ohsawa I. STED super-resolution imaging of mitochondria labeled with TMRM in living cells. Mitochondrion, 28:79-87, 2016.
 

Copyright(C)東京都健康長寿医療センター All Rights Reserved.