当センターについて

トップページへ戻る>当センターについて>養育院・渋沢記念コーナー

養育院・渋沢記念コーナー (なるほど!からだラウンジ )

歴史展示

明治5年に養育院としてスタートしてから、現在の東京都健康長寿医療センターに至る約140年の歴史。
初代養育院長渋沢栄一のもと事業展開に貢献した先人たち、養育院から派生分化した専門施設、戦後の高齢者医療・福祉・研究の歩みを紹介しています。

養育院・渋沢記念コーナーでは、歴史展示ガイドブックと、施設の沿革史を紹介するリーフレット「櫻園(おうえん)通信」を無料配布しています。

患者様とご家族のための情報コーナー「なるほど!からだラウンジ」

老年学研究の成果や、健康と生活に役立つ知識を紹介する情報コーナーです。
病気や治療法に関する理解を深め、身体と心の健康の管理に役立つ図書を置いています。患者さまとご家族の方には図書の貸出をしています。

センター主催の各種市民講座のお知らせの掲示や、院内報の配布も行っています。

休憩・待合スペースとして

当センターの歴史や使命を紹介するビデオ動画が見られるパソコンと、インターネットが使えるパソコンがあります。
小説やエッセイなど読書の楽しみとしての図書も置いています。
売店と同じフロアにあり、持ち込みの飲食もできます。

養育院・渋沢記念コーナーで 養育院の医療140周年記念講演会 スライド公開中

平成25年11月28日、東京都健康長寿医療センター会議室で「養育院の医療140周年記念講演会」が開催されました。
明治はじめの養育院創立から現代の東京都健康長寿医療センターに至る140年の歴史を2期に分け、それぞれの時代について講演が行われました。
この講演でつかわれたスライドを、養育院・渋沢コーナーで公開しています。

講演1)養育院医療の100年 1873-1972
東京都健康長寿医療センター顧問医 稲松孝思

【講演の概要】幕末、蕃書調所より西洋版小石川養生所を江戸に作ろうという意見書が幕府に出され、明治のはじめに養育院と東京府下病院の同時設立という形で実現。その2施設が連携する形で養育院での医療がスタートしました。しかし東京府(下)病院はわずか7年で廃止。養育院も議会での廃止論・公費支出の停止により東京府直営制は廃止され、厳しい財政での委託運営となりました。そこで渋沢栄一院長は、東京府病院貯蓄金の利子、元養育院敷地の売却、鹿鳴館でのバザーなどで運営資金を確保し養育院の存続に奮闘します。

渋沢栄一の訴えにより、明治23年ふたたび養育院は東京市営に復帰。養育院幹事に就いた社会事業家安達憲忠が渋沢院長の補佐役としてハンセン病・結核・児童の健康問題・看護教育など専門的事業の分化発展を進めました。そこから老人病学の草分けとなった入沢達吉やハンセン病医療・救済事業の中心となった光田健輔といった、専門医療を切り開く先駆者が生まれます。

講演2)都民に開かれた高齢者医療のセンターとしての41年 1972- 東京都健康長寿医療センターセンター長 井藤英喜>

【講演の概要】1972年、それまでの養育院利用者用の施設内病院でなく一般都民に解放された医療施設として養育院附属病院がスタート。「成人への治療法を高齢者に適用する場合の注意点の解明」「治す医療から、生活を支える医療へ」「高齢者の急性期医療専門病院」「高齢者医療のエビデンスづくり」と、医療から、生活を支える医療へ」「高齢者の急性期医療専門病院」「高齢者医療のエビデンスづくり」と、時代に即した使命を歴代院長が掲げ、養育院附属病院(1972-1986)~東京都老人医療センター(1986-2009)の事業は展開していきました。

2009年、東京都老人医療センターと東京都老人総合研究所を統合し、地方独立行政法人東京都健康長寿医療センターを設立。新医療センターでは、急性期病院と研究所を統合した高齢者医療のリーディングホスピタルという条件を生かし、①最新・最高水準の医療の提供、②地域連携や在宅医療支援などでの一人ひとりの患者様に「寄り添う医療」の推進、③高齢者の健康増進に資する予防医学の提供、の3つを目指すべき医療として掲げ事業を推進していきます。

▲ページの先頭へ戻る
Copyright(C)東京都健康長寿医療センター All Rights Reserved.