認知症と暮らすお年寄りの美味しく楽しく安全な食を目指して

自立促進と介護予防研究チーム 枝広あや子

認知症の方への食のサポートの取組み

国が発表した「認知症施策推進総合戦略~認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて~」(新オレンジプラン)では、皆さん同様、認知症の方を支える街の一員として、歯科業界もより一層の貢献が求められています。高齢者の口腔に関する責任学会である日本老年歯科医学会もこの流れを受けて、認知症をもったお年寄りができるだけ自立して口から食事をし、最後まで心地よい暮らしが続けられるように、研究成果に基づいて進行経過を把握した歯科治療や、多職種多方面からの支援を提案しています。

いつまでも好きな食べ物を自由に食べ、なんでも咀嚼できる口腔を維持するために、高齢期になる前からあるいは高齢期になってからも継続的にお口の機能の維持が重要です。もちろん認知症になっても、その方の調子によってスポーツや体操もできます。また、顔や口腔の体操、もちろん歯科診療を受けることもできます。認知症と診断されていても(されていなくても)、食事ができる口腔を整えること、つまり歯や義歯の治療を行うこと、また表情や咀嚼、嚥下の機能を低下させないことが重要です。

認知症をもつお年寄りの口腔と食事の課題

食べたり飲んだりすることの困難を摂食嚥下障害といい、それに対する機能のエクササイズや対応方法のことを摂食嚥下リハビリテーションといいます。一般に、お年寄りの摂食嚥下障害に関する治療や研究は、脳卒中後遺症の方を対象にした検討によって進められてきた背景があり、それに対するリハビリテーションは、機能回復に意欲的で理解力のある人が対象で、対応方法も既にほぼ確立されています。しかしながら、認知症をもつお年寄りに対しては摂食嚥下障害のリハビリテーション方法は確立されていませんでした。認知症をもつお年寄りの摂食嚥下障害は、脳卒中後遺症による摂食嚥下障害とは異なる特徴があり、また個人差が大きく把握が困難であることから、検討や対応が遅れていたという背景があります。

近年、認知症をもつお年寄りが、摂食嚥下障害によって食事量の低下や低栄養が引き起こされるうえ、誤嚥性肺炎のリスクが高まることが周知されて大変注目されるようになりました。認知症をもつお年寄りに対する、食べることの支援の確立が急務となっています。

最期まで口から楽しく美味しく安全に食べていただくために

認知症をもつ方にとって、日々の生活の中で食事を楽しむことは、適切な栄養の摂取ばかりでなく、生活の質を保つうえでも非常に重要なことです。しかしながら、認知症の症状の進行によっては、従来通りに食事を楽しむことが難しくなってきます。認知症をもつお年寄りの食事に関する生活の質(QOL)は、その人本人の考え方や生活歴のみならず、その人を支援する家族やケア提供者の考え方、知識・技術などに大きく左右されます。認知症が中等度以上に進行すると、認知症の進行に伴い日常生活の自立が困難になっていく中で、「食事」は最後の自立行動です。食事による栄養摂取は、活動や筋肉量にも影響を与える要因であり、その食事を支える要素の一つが脳の機能や健全な口腔です。我々が行った認知症をもつお年寄りの摂食嚥下機能に関する一連の研究から、認知症による持続的な機能低下が食事行為への混乱を引き起こし、さらには口腔やのどの感覚の低下や様々な動きの協調の困難を引き起こすことが確認されてきました。(図1)

図1 認知症が進行してから飲み込みの問題が顕在化する

食べる行為への混乱の時期

私達が食事を楽しむには、実際にはさまざまな脳や身体の機能を無意識に駆使しています。しかし、認知症の方にとっては、その無意識の統合は徐々に困難になり、それぞれの機能が協調して働くことが難しくなる時期があります。また食べる為の一つ一つのプロセスにストレスがかかると、本来できることもできなくなってしまいます(図2)。

図2 周囲の物事に注意が向いてしまうと、食事の行為そのものが混乱してしまう

脳の機能が低下することで、人は環境に影響されやすくなり、環境次第では注意力がそがれ普段通りに食べることが困難になるケースが多く見られます。周囲の人、椅子やテーブルの高さ、足の裏が床についているかどうか、姿勢が崩れて身体が緊張していないか、部屋の明かりや温度が適切か、余計なものが視界に入っていないか、入れ歯は適切に入っているか、口腔は乾燥していないか、口腔に汚れが溜まっていないか、食事の柔らかさや温度が適切か、など、様々な物事が環境の因子となり得ます。したがって、残った機能を最大限に発揮して食事をしていただくためには、その人その人にあった適切な環境を提供することが重要です(図3、4)。様々な環境を適切に調整したうえで、食事を楽しむためのその人本人の器官が十分に機能してこそ、持てる機能を十分に発揮できるとも言えます。

図3 目の前の情報(他の利用者の声や動き)に混乱して適切な摂食行動に結びつかない人

図4 言葉かけて難しいようならジェスチャーで

飲み込み機能の障害の時期

さらに認知症が重度に進行してくると、顔の表情がうまく動かなくなってくるように口腔内の頬や舌、喉の筋肉もうまく動かせなくなってきます。本来、食べ物や唾液を飲み込む機能は、呼吸と飲み込みを協調させてタイミングよく動かすことが必要です。その協調がうまくいかないと、誤嚥や窒息を起こしてしまいます。重度認知症の方では口や喉の神経・筋肉をうまく協調して機能させることが難しくなってきて、食事を丸呑みしたり、むせたり、飲まずにため込んだり、介助しても口を開けられなかったりする症状が現れます。これらも認知症の進行による症状のひとつですから、本人の負担にならないように見守り、穏やかなラストステージを過ごしていただけるような支援が大切です。食事の形態を調整して飲みやすくする、飲み込みやすい姿勢を探しそのように整える、飲まずに口の中に溜め込んでしまった時にはお顔をマッサージするなど、もちろん口腔内の細菌によって誤嚥性肺炎にならないように工夫しながら丁寧な口腔ケアを継続することが重要です(図5、6)

図5 誤嚥させない食事ケア

図6 口の中に食べ物が入っているのに動きが止まってしまったら...