2026.2.2
がんは本邦における死因第一位であり(図1)、65歳以上の高齢者に限ってみても死因の約23%を占め、第一位となっています[1]。
図1 日本人の主な死因(2024年)
厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況」より作図
また、男性・女性におけるがんの罹患者数は、男性では前立腺がんの罹患者数(年間約10万人)が最も多い一方、女性では乳がん(同約10万人)が最も多くみられます。65歳以上の高齢男性・女性でも、前立腺がん・乳がんの罹患者数と死亡者数は双方とも増加する傾向にあります[2]。前立腺がんと乳がんは、どちらも性ホルモンと密接に関連するがんです。これらの他にも、女性に特有の婦人科がんである卵巣がんや子宮体がんは性ホルモンと関連するがんとして知られています。これらの性ホルモン関連がんに対しては、性ホルモン作用を標的にした治療が行われることがありますが、その一方で、こうした治療に抵抗性を示すがんが生じることが問題となっています。性ホルモン関連がんが治療への抵抗性を獲得し悪性化する仕組みを明らかにして、新しい診断・治療・予防法の開発につなげることは、高齢者の健康と生活の質(QOL)の向上のためにも重要です。本トピックスでは、性ホルモンと関連する女性の乳がんおよび卵巣がんに関する私たちの研究グループの研究を紹介します。
乳がんの約70~80%はホルモン依存性であり、性ホルモンであるエストロゲンおよびプロゲステロンの受容体(それぞれERとPR)を発現しています。このようなホルモン依存性乳がんの治療にはタモキシフェンなどの抗エストロゲン薬が使用されます(ホルモン療法)。しかし、先述したとおり、こういった治療に抵抗性を示すがんが生じてくることが問題となっており、それを克服するために新しいがんの治療標的が必要とされています。
ヒトの体を構成する細胞は、がん細胞も含めて、基本的に「体の設計図」ともいわれる遺伝子を有しています。一般に、遺伝子からは「RNA」という物質が作られ、そのRNAをもとに、生命活動に重要な役割を担うタンパク質が合成されます。RNA結合タンパク質(RBP)は、RNAの安定性やタンパク質の合成などに関わり、遺伝子機能の調節に重要な役割を担っています。最近の研究から、さまざまながんの病態にRBPが関わることが徐々に示されています。私たちの研究グループでは、特にDBHSタンパク質[3]と呼ばれるRBPに注目して研究を行っており、DBHSタンパク質であるPSFが前立腺がんの治療抵抗性に関わること[4-8]や、PSFおよび別のDBHSタンパク質であるNONOが、女性乳がんの悪性化に関わることを明らかにしてきました[6-10]。また、同じくDBHSタンパク質であるPSPC1がPSFと複合体を形成して、ERの遺伝子(名称:ESR1)などを調節することを見出しています。この遺伝子調節により、細胞死の抑制や、がんの進展に関わる遺伝子群が活性化することも発見し、女性乳がんがホルモン療法に抵抗性を示す仕組みの一端を明らかにしています(図2)[11]。DBHSタンパク質も含めて、RBPが遺伝子の発現を調節する仕組みをより包括的に、かつ詳細に明らかにすることで、乳がんの新しい診断・治療法につながる可能性があります。
図2 RNA結合タンパク質であるPSPC1とPSFは女性乳がんの治療抵抗性に関わる
卵巣がんは性ホルモンと関連する婦人科がんのひとつですが、初期症状が出にくく、診断された際に進行していることが多いこと、また組織型が多様なことなどから、新しい診断・治療法の開発が求められています。
先述したように、遺伝子からはRNAが作られ、RNAをもとにタンパク質が合成されます。従来、遺伝子から作られたRNAは、基本的に、タンパク質の合成のために使われると考えられてきました。しかし最近の研究により、タンパク質の合成に使われないRNAが細胞の中で数多く作られていることが分かってきました。これらのRNAは非コードRNAと呼ばれており、その機能は未だ十分に分かっていないものの、がんとの関連が少しずつ示されつつあります。私たちの研究グループでは、卵巣がんで多く作られる長い(長鎖)非コードRNAとしてOIN1を新たに発見・命名しました。また、OIN1が細胞死を抑制する遺伝子群を活性化して、卵巣がんの増殖に関わることを明らかにしました(図3)[12]。OIN1の仕組みをより詳細に明らかにすることで卵巣がんの診断・治療法の開発に寄与することが期待されます。
図3. 卵巣がんの増殖に関わる非コードRNA OIN1の発見
さらに、私たちの研究グループは研究を進めていく中で、タンパク質への糖鎖修飾に関わるPOMGnT1の遺伝子を卵巣がんの悪性化に関わる新しい遺伝子として発見しました。
糖鎖は、糖の分子が鎖状につながってできる構造であり、タンパク質への糖鎖の付加は、タンパク質の機能に大きな影響を与えます。POMGnT1はO-マンノース型糖鎖の合成に関わる酵素として、当センター研究所・分子機構研究テーマの萬谷博士らにより発見されました[13]。その後、萬谷博士らも含めたグループの研究により、POMGnT1は細胞表面に存在するα-ジストログリカンの糖鎖修飾に関わり、その変異が先天性筋ジストロフィー症の一種である筋眼脳病の発症に関わることが明らかにされています[14]。私たちの研究グループは、分子機構研究テーマと連携して研究を行い、POMGnT1がα-ジストログリカンを介して、がんの進展に関わる遺伝子を活性化して卵巣がんの増殖を促すことを示唆する結果を得ており、竹岩がその成果を発表して第25回関東ホルモンと癌研究会にて研究奨励賞を受賞し、原著論文を投稿準備中です。本研究を進めることで、POMGnT1が卵巣がんの増殖を促進する仕組みを明らかにして、新しい卵巣がんの診断・治療・予防法の開発につなげることを目指しています。
超高齢社会を迎えた本邦では、国民の約2人に1人は一生のうちにがんと診断されると推定されています[2]。健康長寿社会を実現するため、がんの早期診断・治療や、がんの予防はますます重要となっています。本トピックスでご紹介したような基礎的な研究から、女性乳がんや卵巣がんをはじめとするがんの悪性化メカニズムを明らかにして、新しいがんの診断・治療・予防法の開発につなげることで都民・国民の皆さまの健康寿命の延伸に貢献したいと考えています。
1. 厚生労働省「令和6年(2024)人口動態統計月報年計(概数)の概況」
2. 国立研究開発法人国立がん研究センター・最新がん統計
3. Takeiwa T, Ikeda K, Horie K, Inoue S. Role of RNA binding proteins of the Drosophila behavior and human splicing (DBHS) family in health and cancer. RNA Biol 21, 1-17 (2024)
4. Takayama K, Horie-Inoue K, Katayama S, Suzuki T, Tsutsumi S, Ikeda K, Urano T, Fujimura T, Takagi K, Takahashi S, Homma Y, Ouchi Y, Aburatani H, Hayashizaki Y, Inoue S. Androgen-responsive long noncoding RNA CTBP1-AS promotes prostate cancer. EMBO J. 32, 1665-80 (2013)
5. Takayama KI, Suzuki T, Fujimura T, Yamada Y, Takahashi S, Homma Y, Suzuki Y, Inoue S. Dysregulation of spliceosome gene expression in advanced prostate cancer by RNA-binding protein PSF. Proc Natl Acad Sci U S A 114, 10461-10466 (2017)
6. Takayama KI, Honma T, Suzuki T, Kondoh Y, Osada H, Suzuki Y, Yoshida M, Inoue S. Targeting Epigenetic and Posttranscriptional Gene Regulation by PSF Impairs Hormone Therapy-Refractory Cancer Growth. Cancer Res 81, 3495-3508 (2021)
7. Takayama KI, Matsuoka S, Adachi S, Honma T, Yoshida M, Doi T, Shin-Ya K, Yoshida M, Osada H, Inoue S. Identification of small-molecule inhibitors against the interaction of RNA-binding protein PSF and its target RNA for cancer treatment. PNAS Nexus 2, pgad203 (2023)
8. Takayama KI, Sato T, Honma T, Yoshida M, Inoue S. Inhibition of PSF Activity Overcomes Resistance to Treatment in Cancers Harboring Mutant p53. Mol Cancer Ther 24, 370-383 (2025)
9. Mitobe Y, Iino K, Takayama KI, Ikeda K, Suzuki T, Aogi K, Kawabata H, Suzuki Y, Horie-Inoue K, Inoue S. PSF Promotes ER-Positive Breast Cancer Progression via Posttranscriptional Regulation of ESR1 and SCFD2. Cancer Res 80, 2230-2242 (2020)
10. Iino K, Mitobe Y, Ikeda K, Takayama KI, Suzuki T, Kawabata H, Suzuki Y, Horie-Inoue K, Inoue S. RNA-binding protein NONO promotes breast cancer proliferation by post-transcriptional regulation of SKP2 and E2F8. Cancer Sci 111, 148-159 (2020)
11. Takeiwa T, Ikeda K, Suzuki T, Sato W, Iino K, Mitobe Y, Kawabata H, Horie K, Inoue S. PSPC1 is a potential prognostic marker for hormone-dependent breast cancer patients and modulates RNA processing of ESR1 and SCFD2. Sci Rep 12, 9495 (2022)
12. Takeiwa T, Mitobe Y, Ikeda K, Hasegawa K, Horie K, Inoue S. Long Intergenic Noncoding RNA OIN1 Promotes Ovarian Cancer Growth by Modulating Apoptosis-Related Gene Expression. Int J Mol Sci 22, 11242 (2021)
13. Takahashi S, Sasaki T, Manya H, Chiba Y, Yoshida A, Mizuno M, Ishida H, Ito F, Inazu T, Kotani N, Takasaki S, Takeuchi M, Endo T. A new beta-1,2-N-acetylglucosaminyltransferase that may play a role in the biosynthesis of mammalian O-mannosyl glycans. Glycobiology 11, 37-45 (2001)
14. Yoshida A, Kobayashi K, Manya H, Taniguchi K, Kano H, Mizuno M, Inazu T, Mitsuhashi H, Takahashi S, Takeuchi M, Herrmann R, Straub V, Talim B, Voit T, Topaloglu H, Toda T, Endo T. Muscular dystrophy and neuronal migration disorder caused by mutations in a glycosyltransferase, POMGnT1. Dev Cell 1, 717-724 (2021)
研究成果:第25回関東ホルモンと癌研究会 研究奨励賞を受賞しました。
https://www.tmghig.jp/research/info/archives/016566/index.html