研究所NEWS No.313

2023年12月発行

研究所NEWS No.313 PDF版

内容

《注目記事》
研究の芽と目
数理モデルや人工知能(AI)を駆使した研究/神経画像研究チーム 専門部長 亀山 征史 
雲南市での研究を通じて/自立促進と精神保健研究チーム 研究員 五味 達之祐

《その他(PDFでお読みいただけます)》
・研究所友の会、研究成果パンフレット
・新幹部紹介
・新型コロナウイルス感染症対策・活動記録(2020~2023年)
・令和5年度競争的資金の採択状況等
・第168回公開講座レポート
・令和6年度公開講座のお知らせ
・研究トピックスのご紹介
・研究所発防災情報
主なマスコミ報道/編集後記

研究の芽と目 神経画像研究チーム 専門部長 亀山 征史

研究の芽(研究紹介)

 数理モデルや人工知能(AI)を駆使した研究をしています。
 核医学画像の動態解析に関する研究としては、REICA法という新しい脳血流定量方法の開発を行いました。動脈採血が要らず、簡便ですが、今までよりもより正確さを求めた方法です。
 AIを応用した研究として、顔写真から認知症を早期に検出する手法にも取り組んでいます。この研究は、非侵襲的かつ安価で迅速な認知症診断の実現を目指しています。初期の研究は新聞などにも紹介され、非常に大きな反響を呼びました。
 また、画像解析以外の領域でも成果を上げており、平均血糖と赤血球寿命、そしてHbA1cの関係式を導き出しました。この式から、持続血糖測定装置を使った平均血糖と採血でのHbA1cから、赤血球寿命を算出することができ、貧血の重症度診断や治療効果判定に応用できる可能性を模索しています。

研究の目(今後の展望)

将来的には以下の研究を進める予定です。
 1. 顔写真を大量に集めて、実用的な認知症弁別に役立つAIモデルの開発。AMEDの資金を得ることができ、今後、東京大学、名古屋大学、徳島大学、岡山大学、慈恵会医科大学とともに、研究を進めていきます。
 2. 認知症未来社会創造センター(IRIDE)の事業として、東大工学部松尾研と共同で、MRIでの微小出血プログラム、虚血性脳白質病変分類プログラムの開発をしています。レカネマブが上市されているタイミングですので、広く利用できるプログラムを提供できるようになりたいと考えています。
 3. 核医学動態解析の研究では、REICA法の普及を目指して進めると同時に、動態解析を基にした核医学の研究を進めていきます。
 4. AIを用いた研究では、薬剤科など他の部署と連携し、ビッグデータを可視化していく計画です。
 5. 理論医学を推進として、赤血球寿命や脳灌流圧モデルの研究を進め、他施設との連携を強化し実践に移していきたいです。

sss.jpgアジア核医学会にて、Fellow of Asia Nuclear Medicine Board の授与(写真手前左:亀山専門部長)

研究の芽と目 自立促進と精神保健研究チーム 研究員 五味 達之祐

研究の芽(研究紹介)

 私はこれまで、高齢者を取り巻く食環境と食生活に関する研究を行ってきました。私が当時所属していた身体教育医学研究所うんなんは、島根県の雲南市という人口3.5万人、高齢化率40.7%(2024年1月末時点)の中山間地域にある市役所の一つの部署として研究を行っている研究機関です。現在、私が所属している東京都健康長寿医療センターがある東京都板橋区は人口が57.2万人、高齢化率は23.0%(2024年2月時点)であり、雲南市は板橋区と比較すると人口密度が低く、高齢化率が高いことがわかります(図1)。

zu 1.bmp図1.雲南市と板橋区の概況の比較

 雲南市に住み、その地の人とふれ合いながら生活と仕事をした経験が私の研究ルーツになっています。雲南市の国保データベース(KDB)の分析から、雲南市は全国よりも低栄養傾向(BMI 20以下)の高齢者の割合が高いことが分かりました。先行研究を調べた上で、雲南市が典型的な中山間地域であり、食料品を買える場所が少ないという環境要因が食生活に影響し低栄養傾向につながっているのではないかと着想し、研究を行ってきました。食環境について、エコロジカルモデルという概念が示されています(図2)。これは、個人を取り巻く、「社会的環境要因」、「物理的環境要因」、政策やメディア等を含む「マクロレベルの環境要因」が相互に関連しあって、食生活に影響を与えているという概念です。中山間地域であり過疎
地域である雲南市で、まず注目したのが、物理的食環境でした。 高齢者は買い物に不便さを感じたり、移動手段が制限されたりという多様な理由から、食料品の入手が困難な方が多いことが考えられますが、これまでの研究では十分に明らかになっていませんでした。 そこで、地域在住高齢者の食環境と食生活について調査・研究を行いました。研究の結果、スーパーマー
ケットやコンビニエンスストアから遠い場所に住んでいる人は、日常的に摂取する食品の多様性が低いことが分かりました。特に、肉類や果物類でこの関連性が強いことが明らかになりました。この結果を受けて、高齢者の食環境を踏まえた食生活支援が大切だと考えられますが、まずは、食行動の制限となっている要因を検討する必要がありました。そこで、同じく雲南市の地域在住高齢者を対象にして、食生活における制限要因をインタビュー調査にて聞き取り、発言内容のデータを解析しました。その結果、経済的要因や家族等の社会的環境要因が食行動の制限要因となっている可能性が分かりました。さて、雲南市での研究を経て、今後東京をフィールドとした時、どのような「目」を持ち、研究を進めていくかを次に記載します。

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図2.食のエコロジカルモデル

研究の目(今後の展望)

 雲南市と板橋区が全く異なる環境であるように全国には多様な地域があります。これらの地域のどこに住んでいる人も取り残さない食支援体制の構築が求められています。特に東京都では今後要介護高齢者が増えることが予測されており、そういった方々の食に関する困難を解決することが重要だと考えています。これからの研究では、例えばフレイル予防につながる質の高い食生活の実施のために、どのような環境整備が必要か、ということをエコロジカルモデルの各層を考慮した上で提案していくことが必要だと考えています。そのうちの一つとして、「社会的環境」である「通いの場」で共食を実践することの重要性について、現在研究を行っています。この研究では、現在公衆衛生分野で注目され、運動普及等で成功事例のある、ソーシャルマーケティング※1の概念とフレームワークを適用することで、より効果的な通いの場の展開につなげることを目的としています。現在、日本の人口減少と共に自治体の職員数も減少している傾向にあります。一方で、健康課題の多様化とともに自治体保健部局の仕事はますます増えています。少ない人員で高い効果を上げなければいけないという自治体としては、戦略的な施策展開を迫られているといっても過言ではありません。その中で、注目されている考え方の一つに行動経済学※2の概念である「ナッジ(Nudge)」があります。ナッジとは、「そっとひじで小突くこと」という意味の英単語で、行動経済学の中では、罰則やインセンティブ等を用いることなく、人の行動変容を起こすことを目的に「そっと促すような仕掛けづくり」を指す概念です。横浜市の職員は、行政施策・事業をナッジの概念を用いて戦略的に提案するチーム「YBiT※3」を結成し、全国の自治体も活用できるようにナッジのフレームワークを提供しています(https://ybit.jp/)。この取組は、マクロレベルの環境といえるでしょう。戦略に基づき効率的かつ効果的な食支援の展開につながるヒントは、多くあります。それらをつなぎ合わせ、住んでいる環境に関らず、誰でも健康になれる食環境の実現が、今後求められる「芽と目」だと考え研究を深めていきます。

用語説明
※1 ソーシャルマーケティング:行政機関や非営利組織が社会貢献を実現するためにマーケティング理論を用いる手法。
※2 行動経済学:心理学や社会学等の考え方を含め、人の行動を経済学の視点から分析する学問分野。
※3 YBiTとは...2019年2月に横浜市職員有志中心に設立した日本の地方自治体で最初のナッジユニットであり、行政施策・事業をナッジの概念を用いて戦略的に提案するチームとして全国の自治体も活用できるようにナッジのフレームワークを提供しています。

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写真:五味研究員

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