2025年06月発行
《注目記事》
・令和6年度友の会交流会 ダイジェスト
・イタリア・ボローニャ農園視察
・研究トピックス
《その他(PDFでお読みいただけます)》
・理事長交代のお知らせ
・令和7年度科学技術週間参加行事開催レポート
・夏バテや疲労回復向けレシピ
・第41回所内研究討論会レポート
・新幹部・新入職員紹介
・第34回日本老年学会総会が開催されます
・第173回公開講座オンライン開催のお知らせ
・主なマスコミ報道
・編集後記
令和7年3月5日(水)に、令和6年度友の会交流会が開催されました。当日は約30名の方が参加され、「認知症になっても楽しく暮らせると思えた」「人との交流を大切にしていきたい」などの前向きなお声をいただきました。ここでは、当日の講演内容を皆さまにもお届けいたします。
自立促進と精神保健研究チーム 研究副部長 岡村 毅
日本は世界トップクラスの高齢化社会であり、今世紀半ばには15人に1人が認知症になると予測されています。軽度認知障害を含めると7人に1人に増えるとも言われ、認知症と共に生きることが避けられない社会を迎えています。しかし、認知症は「長生きの証」であり、過度に悲観する必要はありません。
多くの方が「認知症になりたくない」と考えがちですが、認知症と診断されたことがその人の人生の全てではありません。認知症と診断されたことが人生の全てではなく、本人の思いや尊厳を尊重し続けることが大切です。
これまでの認知症ケアは、「認知症を予防し、撲滅する」ことが重要視されていましたが、今求められているのは「認知症と共によりよく生きる」視点です。英国ではすでに"Living well with dementia"という考えが広まっています。これは、認知症のある方が住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる社会を築くことを目指すものです。
日本でも2023年に施行された「認知症基本法」により、認知症のある方の人権を尊重し、医療・介護・地域が一体となった支援体制の整備が求められています。また、国際アルツハイマー病協会も「診断後支援ができないなら診断を奨めない」と提言しています。
つまり、単に認知症を診断するだけではなく、認知症と診断されたあとも安心して暮らせるような本人と家族を支えるためのサポート、つまり診断後支援が不可欠だということです。私たちは、認知症を恐れるのではなく、認知症になってもその人らしく生きられる社会を築くことが求められています。
その代表的な活動の一つが、東京都板橋区高島平で展開されている「高島平ココからステーション」です。ここでは、医療従事者、保健師、心理士、社会福祉士、地域住民が連携し、認知症のある方と共に地域を創る活動を行っています。
高島平ココからステーションでは、認知症のある方が自信を持って暮らし続けられるよう、対話の場や活動機会を提供しています。例えば、認知症当事者同士が語り合う場である本人ミーティング「ココから話そう会(写真1)」では、過去に認知症を持っていた人に対して「当時はわからなかった。酷いことをした」、未来の認知症の人に対して「自分の症状を研究して、未来の人が苦しまないようにしてほしい」という慈悲の声が多く聞かれています。こうした取り組みを通して、当事者が社会の一員として力を発揮できる環境づくりを目指しています。
さらに、農業を通じたケアの導入も進められています。オランダの「ケアファーム」では、認知症のある方が農作業を通じて生きがいを見出しています。日本でも新潟県で稲作を取り入れたケアが行われ、認知機能の改善や精神的健康の向上が確認されています(写真2)。
都市型ケアファームも広がりを見せており、廃校の花壇を活用した都市農園では、参加者が農作業を通じて社会とのつながりを実感しています。「農園に行くのが楽しみ」「新しい人と出会えて刺激になる」といった声も寄せられ、農作業が認知症ケアに有効であることが示されています(写真3)。
これらの取り組みを支えるために、地域ネットワーク「チームオレンジ」の結成も進められています。板橋区では、地域のキーパーソンや自治会、医療機関、ボランティアなどが連携し、認知症のある方を地域で支える仕組みを構築しています。
また、厚生労働省が推進する「認知症サポーター」養成を活用し、住民が主体となって支援体制を強化しています。認知症の正しい知識を持つだけでなく、具体的な行動に移せる地域づくりが進められています。集合住宅の多い都市部では、地域の居酒屋を交流の場とし、女性よりも人付き合いの場が少ない男性でも参加できるイベントを開催することで、認知症のある方が孤立しない環境づくりを目指しています。
認知症が増加することは、日本が平和で長寿社会である証です。私たちは、認知症を恐れるのではなく、認知症と共に生きるための工夫を考え、支え合う社会を築く必要があります。
東京都健康長寿医療センターでは、認知症のある方が安心して暮らせるよう研究を進めるとともに、社会全体の理解を深める活動を続けていきます。今後も皆さんと共に、より良い共生社会の実現に向けて取り組んでいきたいと考えています。
自立促進と精神保健研究チーム 研究員 宇良 千秋
2025年2月10日から約1週間、イタリア共和国北部エミリア・ロマーニャ州のボローニャで障害者や高齢者の社会参加やリハビリのために農業や緑地管理の仕事や活動を提供している団体を視察しました。この視察は、農林水産省の委託研究課題「都市・都市近郊における持続的で多様な農業の役割に関する研究」の一環で参加したものです。
イタリアには特別支援学級や精神科病院を廃止した歴史があり、インクルーシブ教育(2)の深い土壌があります。また、社会的弱者への支援の仕組みとして社会的協同組合が発達していて(濱田,2018)、今回の視察先のほとんどは社会的協同組合でした。障害者が働く農園レストランでは、理事長が前のめりで「ここでは誰が健常者で誰が障害者かわからないよ、みんなクレイジーさ!」と熱く語っていました。別の施設では、農園で働く職員と障害者が収穫した野菜で作ったランチを一緒に食べて会話を楽しんでいました。高齢者施設では、我々のために農園芸活動の動画を準備してくれたり、入居者がイタリアのカンツオーネ'Volare'を大合唱してくれたりと、感動的なおもてなしでした。
健常者と障害者、支援する人とされる人という意識の分断をなくすことが共生社会実現の鍵になるようです。私たちの研究チームでも高島平団地などで農園を活用した社会参加促進に取り組んでいますが、「共に働き、共に食べる」農園は欠かせないと思いました。
(1)Inclusive Society...性別・国籍・宗教の違いや障害の有無にかかわらず、互いを認め合い、排除せずに共生する社会のこと。
(2)インクルーシブ教育...障害や病気の有無、国籍や人種、宗教、性別といったさまざまな違いや課題を超えて、全ての子どもたちが同じ環境で一緒に学ぶこと。
文献
濱田健司.イタリアの社会的農業と精神保健:「配慮」と「成熟」.共済総合研究,2018,76,81-101.
このコーナーでは、当センターが取り組む最新の研究成果をわかりやすくご紹介します。今回は、2024年9月に発表したプレスリリースの内容を詳しくお届けします。
社会参加とヘルシーエイジング研究チーム 専門副部長 桜井 良太
これまでの研究から、「社会的孤立状態(1)」が精神的な健康に悪影響を及ぼすことが分かっています。このような話題に触れると、「社会的孤立が健康に悪影響を及ぼすことは理解しているけれど、私はひとりでいるのが好きだし、ひとりでいることを楽しんでいるから問題ない」という反論を耳にすることがあります。しかし、果たして独りでいることを好む嗜好性は社会的孤立の影響を最低限に抑えることができるのでしょうか?
この疑問を明らかにするため、我々は関東に在住の9,000名(若年者[20-39歳]3,000名 中年者[40-59歳]3,000名 高齢者[60-79歳]3,000名)を対象にインターネット調査を行い、独り好き志向性(12項目の質問から独り好き志向を調べるPreference for Solitude Scaleという質問票で利用)、社会的孤立(同居家族以外との対面および非対面のコミュニケーション頻度が両者を合わせても週1回未満の者を社会的孤立と定義)、精神的な健康状態(ウェルビーイング、悩み・抑うつ傾向、主観的孤独感)の関連を調査しました。加えて、「他者との付き合いの煩わしさ」の程度を調査し、独り好き志向性と精神的健康状態との間に果たす役割を検討しました。
調査の結果、本研究の参加者では独り好き志向性が強い人が多く、その傾向は特に若年者と中年者で顕著であることが分かりました(図1)。また精神的健康度を見ると、全世代を通じて独り好き志向性が高い人、もしくは社会的孤立者ほど精
神的健康度が低いことが分かりました(図2)。この二つの要因は互いに影響することはなく、独り好き志向性が高い者であっても、社会的孤立状態にある場合、精神的健康度は低くなる傾向が認められました。すなわち、独り好き志向性による社会的孤立者の精神的健康度悪化を緩和する作用は認められないことが明らかとなりました。さらに、独り好き志向性が高いことと精神的健康度が低いことの関連は「人付き合いの煩わしさ」によって部分的に説明されることが分かりました。
本研究は一時点の関連性を調べた調査であり、因果関係を示す結果ではないため、解釈には注意が必要ですが、本研究から「独りでいることが好きだから社会的に孤立していても精神的健康を保てる」とは一概に言えないことが示されました。むしろ、独り好きの傾向が強い場合、精神的健康度が低くなる傾向があることが分かりました。この関係性は「人付き合いの煩わしさ」から生じている可能性が高いためであることも本研究から示唆されました。以上を踏まえると、心の健康の観点から、「独り好き」という理由で対人問題を正当化することは、必ずしも良い影響をもたらさないかもしれません。さらに、精神的健康状態を維持するためには、純粋に独りでいることを好む人であっても、物理的な孤立や偶発的な他者との交流の欠如を避けるために、緩やかな他者との繋がりを保つことが重要と言えます。
(1)社会的孤立状態...一致した定義は確立されていないが、ここでは社会的孤立を他者との接触頻度に基づく客観的な状態から定義し、主観的な状態である孤独感あるいは孤立感とは区別する。