2025年12月発行
《注目記事》
・研究の芽と目
認知症予防の推進を目指したツールの開発・普及と啓発に向けて
認知症早期発見に向けた新たなデータ解析手法の開発
《その他(PDFでお読みいただけます)》
・2025年の総括及び新年に向けたご挨拶
・祝!坂口志文先生、ノーベル生理学・医学賞を受賞
・第174回老年学・老年医学公開講座開催レポート
・地域で進めるフレイル予防:「ちょい足しプログラム®」の開発と展望
・東京農工大学生が学ぶ老化研究の最前線 ~連携大学院特別講義報告~
・安心してお風呂に入るために ~ヒートショック予防のポイント~
・第176回老年学・老年医学公開講座のお知らせ
・主なマスコミ報道
・編集後記
このコーナーでは、若手研究者を紹介します。「研究の芽」として現在取り組んでいる研究内容を、「研究の目」として今後の展望をお伝えします。今回は、2022 年・2023 年に入職した2名の研究をご紹介いたします。
認知症未来社会創造センター 統合コホート部門 研究員 山城 大地
令和7 年に報告された『高齢社会白書』によると、65 歳以上の人口は3624 万人にのぼり、総人口に占める高齢化率は29.3% に達しています。急速な高齢化に伴い、認知症の人の数も増加しており、高齢者のおよそ3.6 人に1人が認知症、あるいはその予備群にあたるとされています。認知症の予防や早期対応は、まさに差し迫った課題といえます。
私は現在、認知症未来社会創造センターの統合コホート部門に所属し、認知症発症の予測モデルの開発に取り組んでいます。予測モデルとは、生活習慣や病歴といった認知症の発症に関連する情報をもとに、過去の調査で同じような特徴を持つ人が将来的に認知症を発症する確率を計算する「予測式」のようなものです。
このモデルの開発にあたっては、当研究所の社会科学系研究チームが行っている複数の地域コホート調査のデータを統合した大規模データセットを活用しました。その際、介護保険制度に基づく要介護認定情報を活用することで、「認知症を診断されたかどうか」ではなく「認知症に伴う日常生活の自立度がどの程度保たれているか」という、より生活に即した視点を取り入れています。
その結果、年齢、教育年数、聴こえの状態、見えの状態、運動習慣、心疾患や脳卒中の既往歴といった7つの因子から、数年後に認知症に関連する生活機能の障害が生じるかどうかを予測するモデルを開発しました(1)。これらの因子はいずれも自己報告が比較的容易なため、簡単なセルフチェックを通じて将来のリスクを推定できる点が大きな特徴です。
さらに、この研究成果をもとに、誰でもウェブ上でシミュレーションできる「認知症リスクの簡単チェックツール」を作成しました(https://iridecs.tokyo/demriskchart/)(図)。このツールでは、生活習慣や病歴といった情報を入力することで、過去の調査において同じような特徴を持つ人が将来的に生活機能に支障が生じる確率を、視覚的に表すことができます。開発にはプログラミングの知識も必要で、試行錯誤の連続でしたが、研究成果を実際に「使える形」として社会に提供できたことは、私にとって大きなやりがいとなりました。
図「認知症リスクの簡単チェックツール」のイメージ
今後の課題は、この「認知症リスクの簡単チェックツール」をどのように社会に実装していくかです。地域住民の皆様が気軽に利用できるシミュレーションツールとして普及し、地域における効果的な認知症予防の一助となることを目指しています。
ただし、予測結果が単に数値として示されるだけでは、受け手に不安を与えてしまい、行動と結びつかない恐れがあります。そのため、わかりやすい表示方法や、予防に役立つ具体的なアドバイスを併せて提示する工夫を行い、前向きな行動へとつなげられるようにすることが求められます。
今後は、自治体や地域の関係機関と連携しながら、実際に住民の皆さまに使っていただき、改善を重ねてより使いやすい形にしていく予定です。また、このツールの利用によって健康への意識が高まり、運動や生活習慣の改善といった行動変容につながるのかどうかについても、検証を進めていきたいと考えています。研究成果を社会に還元し、地域の人々が自らの健康を主体的に守ることを支援する仕組みを築いていくことを目標に、これからも研究を進めてまいります。
(1)Yamashiro D, et al. BMC Public Health .2025;25:2867.
中央大学大学院文学研究科心理学専攻を単位取得退学後、人材業界の民間企業に就職し、主に大学院生のキャリア支援業務に携わっていました。2022 年7 月より、認知症未来社会創造センター統合コホート部門に所属しています。
認知症未来社会創造センター バイオマーカー部門 技術員 木村 雄太
東京都の65 歳以上の人口比率は2025 年9 月時点で23.4%に達しており、高齢化の進行に伴って、認知症を発症する人の数も増えると考えられています1)2)。
認知症の中でもアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)は、脳の中に「アミロイドベータペプチド(Aβ)」の凝集体「老人斑(アミロイド病理)」が形成されることや、神経細胞内に「タウタンパク質(タウ)」の凝集体「神経原繊維変化(タウ病理)」を形成することで、認知機能への障害が起こる病気です。AD の治療薬の開発が進み、2023年にAD 治療薬「レカネマブ」が登場しました。この治療を行うためには、実際にその治療のターゲットであるA βが脳内に蓄積しているか検査が必要となります。そこで行われている検査がアミロイドPET 検査や脳脊髄液バイオマーカー検査です。
1つ目の「PET 検査」は、放射性医薬品を静脈から注射し、その後画像を撮ることで脳内のA βやタウの沈着を可視化することができ、アミロイド病理や、タウ病理の直接的な評価が可能です。2つ目の「脳脊髄液バイオマーカー検査」では、腰に針を刺して脳脊髄液を採取し、A βやタウなどのバイオマーカー(病気の有無や進行を知る手がかりとなるもの)を調べることで、間接的にこれらの病理を評価します。
これら2つの検査は有用なものとして使用されておりますが、検査を受けられる方の身体的・経済的な負担が大きいことや、検査に関わる医療従事者側の負担も少なくありません。そのためより身体への負担が少なく、費用負担を抑えながら、簡便に行える検査が求められています。そこで近年注目されているのが、「血液バイオマーカー検査」です。血液バイオマーカー検査は、通常の外来採血や入院中の定期的な血液検査などと同じタイミングで採取し検査することができるので、身体や費用負担の軽減、またそれと同時に医療従事者の負担を減らすことにもつながるため、双方にメリットがある方法といえます。
A βにはいくつかの種類があり、老人斑を構成する実態がA β 40 とA β 42 と言われています。そして老人班が増えるとともに、脳脊髄液や血液中のタウ濃度が上昇し、一方でA βやその比率(A β 42/40 比)が低下することが知られており(図1.AD 形成参照)、これらの性質はAD の評価指標として利用されています。一方で、血液中のA βとタウは加齢するだけで増加し、A β 42/40 比は低下することが報告されているため(図1. 加齢参照)3)4)5)、A βとタウの量は病的な要因と加齢的な要因の2つの要素に支配されていると考えています。従って、血液バイオマーカーを用いてAD 初期に見られるような微量な病的変化を見分けるためには、検出結果から加齢的要因による変化を除去する必要があると考えました。
図1 AD 血液バイオマーカーの動態
そこで私たちは、加齢的な変動成分を限りなく取り除くことで、初期AD によって起こる血液バイオマーカーの変化を検出する解析手法を開発しています。
私たちが新規に開発した方法を用いて、当センターのコホート研究により採取された健常と想定された高齢者血液のA βやタウの量の解析を行いました。その結果、解析対象のうち約2 ~ 3%を特異なグループとして他と区別することができました。このグループでは、AD の特徴とされる、A βの低下、タウの増加、認知機能検査(MMSE)スコアの低下が確認されたことから、将来AD を発症する確率が高い方々の分離に成功したと考えています。さらなる研究は必要ですが、私たちが開発した解析方法により、早期AD の検出を可能とする、より負担の少ない検査方法の実用化が一歩前進したと考えています。
今後は、他の医療機関や他の研究者が採取・測定したデータをこの解析方法で解析することで、汎用性の高い方法へブラッシュアップさせたいと考えております。さらには、この新規解析モデルを組み込んだ統合型のELISA 計測システム(ELISA:体の中のバイオマーカーを測定する代表的な方法のひとつ)を構築することも行っており、血液検査によるADの早期発見が当たり前になる未来を実現すべく、今後も開発を進めてまいります。
1) 東京都:2050 東京戦略 付属資料 東京の将来人口(2025 年3 月改定); https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/seisakukikaku/jinkou
2) 二宮利治,他.認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究(令和5 年度老人保健事業推進費等補助金); 2024. https://www.eph.med.kyushu-u.ac.jp/jpsc/uploads/resmaterials/0000000111.pdf?1715072186
3) Chiu MJ, et al. Front Aging Neurosci.2017;9:51.
4) Fukumoto H, et al. Arch Neurol . 2003;60:958-964.
5) Nakamura T, et al. Ann Clin Transl Neurol. 2018;5:1184-91.
2021 年に臨床検査技師の資格を取得し、2023 年に修士号(臨床検査学)を取得。当センター認知症未来社会創造センターに着任し、バイオマーカーチームにおいて血液保存業務等を経験。現所属にて血液バイオマーカー研究に従事し、超高感度ELISA を用いた測定やPython を使用した自動分注プログラムの作成や測定データの解析を担当。