東京都健康長寿医療センターの上住円研究員、上住聡芳研究副部長、周赫英非常勤研究員らは大阪大学、国立長寿医療研究センター、藤田医科大学の研究チームと共同で、骨格筋の幹細胞が老化によって減少してしまうメカニズムの一端を明らかにしました。この研究成果は、国際科学雑誌「The Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle Rapid Communications」に2019年4月16日付けにて掲載されました。
骨格筋は全身の臓器の中でも特に優れた再生能を有しています。筋再生は筋衛星細胞と呼ばれる筋の幹細胞が担っており、運動やスポーツの現場で起こるケガや、高齢者が転倒などによって負う重度な傷害からの回復に必要です。しかし、加齢によって筋再生に遅延が見られ回復に時間がかかることが知られています。その原因の一つに考えられているのが、老化に伴う筋幹細胞数の減少です。世界中の多くの研究室で老化による筋幹細胞の減少が確認されていますが、そのメカニズムは不明でした。筋幹細胞減少のメカニズム解明は、その減少を防ぐ手法の開発に繋がり、ひいては老化による筋再生遅延の改善を可能にすると考えられます。
老化に伴う筋幹細胞減少のメカニズムを明らかにするために、老化マウスの筋幹細胞を詳細に解析した結果、カルシトニン受容体の発現が低下していることを見出しました。カルシトニン受容体は、共同研究者である大阪大学・深田准教授らが、筋幹細胞の維持に必須であることを世界で初めて明らかにした、極めて重要な分子です。カルシトニン受容体遺伝子を骨格筋系譜細胞特異的に欠損させたマウスを作製したところ、筋組織の発生には影響がなく正常に形成され、筋幹細胞も成長期には正常に存在していました。ところが成人期に入ると、野生型マウスでは維持されるはずの筋幹細胞が、カルシトニン受容体欠損マウスでは減少し始めました。このことから、カルシトニン受容体は成人期以降の筋幹細胞の維持に特異的に必要と考えられました。最近、筋幹細胞におけるカルシトニン受容体の内在性リガンドとして、Notchシグナルによって発現誘導される5型コラーゲンが同定されました。そこで、5型コラーゲンを含むNotchシグナルの標的因子の発現が老化筋幹細胞でどのように変化するか調べましたが、これらは特に変化しませんでした。最後に、ヒト筋検体を用いて高齢者の筋幹細胞におけるカルシトニン受容体の発現を調べたところ、カルシトニン受容体の発現低下はヒトでも確認されました。
本研究は、老化による筋幹細胞数減少のメカニズムとしてカルシトニン受容体の発現低下を明らかにしました。リガンドである5型コラーゲンやその上流にあるNotchシグナルは影響されないことから、老化で問題となるのはカルシトニン受容体の発現低下、および、その下流シグナルの減弱と考えられます(図)。本研究は、老化による筋幹細胞の減少を防ぐための重要なポイントを示しています。今後、この成果をさらに発展させ加齢性の筋幹細胞減少を防止できれば、リハビリの効率化、ひいては寝たきりの減少に繋がり、高齢者の健康増進に大きく貢献すると期待されます。
国際科学雑誌「The Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle Rapid Communications」
Reduced expression of calcitonin receptor is closely associated with age-related loss of the muscle stem cell pool
(カルシトニン受容体の発現低下は加齢性の骨格筋幹細胞減少に寄与する)
(電子版:https://jcsm-rapid-communications.info/index.php/jcsm-rc/issue/view/11、2019年4月16日)
図.老化によるカルシトニン受容体の発現低下が筋幹細胞の減少を導くモデル
筋幹細胞の維持に必須なカルシトニン受容体(CALCR)の発現は老化によって低下する。リガンドである5型コラーゲンやその上流のNotchシグナルは影響されない。本研究により、老化で問題となるポイントが絞り込まれた。