第31回日本老年学会総会にて6名が受賞しました。受賞内容は下記のとおりです。
加齢によるα-Klothoの減少と肺気腫との関連
萬谷博1、赤阪啓子1、近藤嘉高2,3、石神昭人2、遠藤玉夫1
1老化機構研究チーム 分子機構
2老化制御研究チーム 分子老化制御
3早稲田大学 人間科学部
老化機構研究チーム 研究副部長 萬谷 博
慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、慢性的な気管や肺の炎症により肺機能が低下し、呼吸困難などの症状が現れる疾患です。世界的に死亡原因の上位を占めており、有病率は加齢に伴って増加することが知られています。α-Klothoマウスはα-Klothoタンパク質を欠損したマウスで、COPDや骨粗鬆症、動脈硬化、腎障害などヒトの老化で見られる多彩な疾患を発症します。私たちは老化関連疾患のモデルとしてこのマウスを調べています。今回私たちは、α-Klothoマウスの肺で、ある種のタンパク質分解酵素が顕著に減少することを発見しました。さらに、自然老化マウスや他のCOPDモデルマウスでもα-Klothoタンパク質の減少に伴って、この酵素が減少することが確認されました。これらの結果がCOPDの発症や進行に関与すると考えられることから、今後の研究によりCOPDの予防や治療法への応用が期待されます。受賞に際しまして、本研究にご支援ご協力いただきました多くの方に深く感謝申し上げます。
細胞および個体老化に伴う細胞の品質保持に関わる糖鎖変化の解析
老年病態研究チーム 研究員 板倉 陽子
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26893823
https://www.aging-us.com/article/101540/text
細胞表層に存在する糖鎖は、タンパク質や脂質などと結合して細胞種の識別、ウィルスへの感染、免疫応答など様々な機能に関与することが知られています。このように生体内において様々な役割を果たす糖鎖は、老化とも深く関わるのではないかと考えられます。本研究では、世代の異なるヒト正常皮膚線維芽細胞を用いて、細胞表層だけではなく細胞の内部に存在するタンパク質にそれぞれ結合した糖鎖の組み合わせについて網羅的に調べました。そして、糖鎖が細胞自身の老化(細胞老化)あるいは加齢(個体老化)に伴いどのように変化し、2つの老化の間でどのような関係性を示すかについて調べました。
研究の結果、細胞表層の糖鎖では細胞の老化および加齢においてシアル酸と呼ばれる糖鎖が減少したのに対し、細胞内部では大きな変化は見られないことが分かりました。しかし、細胞表層ならびに細胞内部のそれぞれに局在するタンパク質に結合している特定の糖鎖の比率を観察すると、細胞の老化と加齢の間で相関関係があることが明らかとなりました。このことから、細胞表層上でみられる糖鎖の組み合わせが老化に応じて変化していること、その一方で、細胞の内部では細胞機能を維持するために糖鎖の種類は様々で、その変化を一定に保とうとしていることが考えられます。
今後は、変化の生じた糖鎖結合タンパク質の機能的意義について詳細を検討し明らかにしていくことを目指しています。
前頭側頭型認知症における病理サブタイプ別の前駆症状
老年病理学研究チーム 研究員 河上 緒
前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia, FTD)では、近年タウやTDP-43、FUSなどの蓄積蛋白が解明され、分子生物学的研究が飛躍的に進歩し、欧米では大規模な介入研究が開始されていますが、いまだバイオマーカーや前駆症状が明らかになっていません。行動障害型FTD(behavioral FTD, bvFTD)および意味性認知症(semantic dementia, SD)の前駆期(発症後2年以内)における臨床症候を明らかにするため、病理診断が明らかなbvFTD 32例、SD 5例に対し、病歴から後方視的に精神症候の抽出を行いました。分析の結果、bvFTDでは無関心や常同的・儀式的行動を高頻度に認め 、SDでは呼称能力障害や単語理解の障害の出現率が高く、両疾患ともに前駆期より診断基準における中核症状がすでに高頻度に出現していましたが、耳鳴りやめまい、頭痛等の身体症状、無口、被害妄想などの診断基準にあてはまらない新規の症候も確認されました。病理サブタイプ別の症候比較では、脱抑制、共感性の欠如などがFTLD-tau群に多く、言語障害はFTLD-TDP群に多いという結果が得られました。前駆期の臨床症候を正確に把握し、神経画像やバイオマーカー、神経病理像を関連づけた研究を発展させることによって、FTDの治療、支援における早期介入への道が開けると考えています。
独居は認知機能低下のリスクとなるか?:ソーシャルネットワークの多寡に着目した検討
社会参加と地域保健研究チーム 研究部長 藤原佳典
高齢期の認知機能低下の危険因子として、一人暮らしであることそのものよりも、人との交流が乏しいことの方が注視されるべきであることを発表しました。
高齢者の歩行機能低下と認知機能低下の関連に関する研究
社会参加と地域保健研究チーム 研究員 桜井 良太
歩行機能と認知機能は自立した生活を営む上で極めて重要な要因ですが、この両者の機能低下は密接に関連していることがわかってきました。私は一貫してこの関連性の疫学的・神経学的背景について研究を行ってきました。今回その研究成果が認められ、老年医学Young Investigator Awardを受賞致しました。
大都市在住高齢者におけるフレイルの認知度とその関連要因
社会参加と地域保健研究チーム 研究員 清野 諭
健康日本21(第二次)では、「メタボリックシンドローム」や「慢性閉塞性肺疾患(COPD)」、「健康寿命」などの認知度を高めることが目標の1つとして位置づけられています。認知度の向上が必ずしも国民の健康行動を促すとは限りませんが、地域全体で取り組む機運の醸成や一定数の行動変容を促すために、認知度を高めることはやはり必要なことといえます。最近では、高齢者施策の中に「フレイル」予防も取り上げられていますが、その認知度は明らかではありません。また、認知度の関連要因の検討は、普及できている集団の特徴(現状)と課題が明確になると考えられます。そこで本研究では、東京都A区に在住する高齢者約1万人の調査結果から、フレイルの認知度とその関連要因を報告しました。フレイルの認知度(知っている、聞いたことがある人の割合)は21%(男性16%、女性25%)であり、男性よりも女性で有意に高値を示しました。また、男女とも、年齢が高いほどフレイルの認知度は高くなりました。その他、社会経済状態や社会的紐帯、生活習慣(運動・食習慣・社会参加)が良好なほどフレイルの認知度が高く、社会的孤立やフレイルに該当するハイリスク者(フレイル対策が必要な人)ほど、認知度が低いことが明らかとなりました。ハイリスク者に対する普及・啓発の具体策の検討と、認知度と健康行動(習慣的な運動実践・多様な栄養素摂取・活発な外出、社会参加)とのギャップを埋める取り組みが必要であることについて報告しました。