<プレスリリース>「膵臓がんの進行を食い止める糖鎖の目印を発見」

東京都健康長寿医療センターの石渡俊行研究部長、豊田雅士研究副部長、佐々木紀彦係長級研究員らは東海大学医学部の平林健一准教授、日本獣医生命科学大学の道下正貴准教授らと共同で、細胞表面の糖脂質*1の1種であるガングリオシドGM2*2が膵臓がんの増殖、浸潤、進行度と関連していることを発見しました。この研究成果により、膵臓がんの早期診断と進行を抑制する新たな治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、米国科学誌「Scientific Reports」誌のオンライン版(12月18日付け)に掲載されました。

研究の背景

膵臓がんは高齢者を中心に急速に増加しており、発見時にはすでに癌が浸潤、転移していることが多く、手術を受けられる人は20%程度です。生存率も未だ1割に満たない深刻な状況です。このため、一刻も早い膵臓がんの早期診断法や新たな治療法の開発が求められています。細胞表面に存在する糖脂質(図1)の1群であるガングリオシド(図2)は、細胞の種類や細胞の状態によって発現が異なることから、表面マーカーとしての役割を担うだけでなく、シグナル伝達を制御するなど、細胞機能にも関わる重要な表面分子です。ガングリオシドの1種であるGM2の膵臓がんにおける発現や役割については不明でした。

研究成果の概要

GM2の発現を8種類のヒト膵臓がん培養細胞で調べたところ、MIA PaCa-2細胞で最も高い発現がみられました。GM2 陽性の膵臓がん細胞は、GM2陰性細胞よりも増殖が速く、GM2陰性膵癌細胞を3次元培養*3すると、大部分の癌細胞がGM2を発現するようになり、癌幹細胞*4との関連が示唆されました。GM2の発現を抑制することで、TGF-b1シグナルと上皮間葉転換*5様分化を抑制し、膵癌細胞の浸潤を阻害することができました。ヌードマウスに移植したGM2陽性膵臓がん細胞は、GM2陰性細胞よりも高い発生率で、より大きな腫瘍を皮下に形成しました。発症年齢が若く、腫瘍径が大きく、病期が進行し、組織学的な悪性度が高いヒト膵臓がん患者で、有意にGM2の発現が増加していました。

研究の意義と展望

本研究では、世界で初めてガングリオシドGM2が癌幹細胞を含むヒト膵臓がん細胞およびヒト膵臓がん組織で発現していることを見出し、膵臓がんの増殖、浸潤、進行度と関連することを明らかにしました。GM2が膵臓がん細胞の表面に発現していることから、GM2を標的とした膵臓がんの早期診断法の開発に繋がることが期待されます(図3)。さらに、光免疫療法*6などの細胞表面抗原を利用した新たな膵臓がん治療にもGM2が役立つと考えられます(図3)。

【図】

図1

図2

図3

【用語解説】

*1 糖脂質: 分子内に水溶性糖鎖と脂溶性基の両者を含む物質の総称。主要な糖脂質は、脂質セラミドに単糖のグルコースが付加したグルコシルセラミドを末端とし、各種単糖が次々と付加してできる糖鎖の種類によって様々な種類の糖脂質が細胞膜上に存在している。

*2 ガングリオシドGM2: 糖脂質合成経路(図2参照)において、シアル酸を含有する糖脂質の一群をガングリオシドと呼び、そのひとつがGM2である。GM2を含むガングリオシドは、おもに中枢神経系の神経細胞に存在し,コレステロールと共に脂質ラフトという膜ドメインを形成する。GM2を含むガングリオシドは,細胞増殖,分化,接着,シグナル伝達,細胞間相互作用,腫瘍形成および転移などに関与している。

*3 3次元培養:通常の培養皿での接着した状態での培養(2次元培養)に対し、非接着性の培養皿で培養することであり、この条件により癌幹細胞が多く含まれるスフェアを形成させることができる。

*4 癌幹細胞: 正常の幹細胞と同じような性質を有した細胞集団で、癌の増大に関与することが報告されている。腫瘍組織の中に存在する癌幹細胞が、様々な性質の「癌細胞」を供給することで階層性を有した腫瘍組織を構成している (癌幹細胞仮説)。また、癌幹細胞は抗ガン剤や放射線に対する強い抵抗性や、癌の転移に重要な役割を果たしていることが報告されており、既存の抗ガン剤や放射線療法後に再発などが起こる原因の1つになっている。

*5 上皮間葉転換: 上皮細胞が移動能をもつ間葉細胞に転換する可逆的な変化で、胚発生・器官形成における過程のひとつである。この現象は発生時のみならず、創傷治癒や腫瘍細胞の転移などでも起こる。

*6 光免疫療法: がん細胞に発現している特定のタンパク質と結合する抗体に、あらかじめ非熱性赤色光と化学反応を起こす光感受性物質を付加した薬剤を静脈注射する。この抗体が体内でがん細胞に結合するのを待ち、その後、光ファイバーを病変に到達させて非熱性赤色光を照射する。すると光感受性物質が非熱性赤色光に反応して、がん細胞が破壊される。がん細胞の破壊には、光感受性物質と非熱性赤色光との反応が必要なため、薬剤が結合していない、もしくは非熱性赤色光が当たらない細胞では起こらない。日本では、頭頸部がんで治験が始まっている。

【発表雑誌】
雑誌名: Scientific Reports
論文公開 URL:https://www.nature.com/articles/s41598-019-55867-4
公開号: 2019年 12月 18日発行号 Web版
論文番号(DOI):10.1038/s41598-019-55867-4
英文タイトル: Ganglioside GM2, highly expressed in the MIA PaCa-2 pancreatic ductal adenocarcinoma cell line, is correlated with growth, invasion, and advanced stage
Norihiko Sasaki*, Kenichi Hirabayashi, Masaki Michishita, Kimimasa Takahashi, Fumio Hasegawa, Fujiya Gomi, Yoko Itakura, Naoya Nakamura, Masashi Toyoda and Toshiyuki Ishiwata* (*corresponding author)
和文タイトル: 膵管癌細胞株のMIA PaCa-2で高発現するガングリオシドGM2は、増殖、浸潤そして進行度と関連している
佐々木紀彦*、平林健一、道下正貴、高橋公正、長谷川文雄、五味不二也、板倉陽子、中村直哉、豊田雅士、石渡俊行* (*責任著者)

【共同研究チーム】
地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 
老年病理学研究チーム 高齢者がん
石渡俊行 研究部長、五味不二也 係長級研究員、長谷川文雄 非常勤研究員

地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所 
老年病態研究チーム 心血管老化再生医学
豊田雅士 研究副部長、佐々木紀彦 係長級研究員、板倉陽子 主任級研究員

東海大学医学部 基盤診療学係 病理診断科
中村直哉 教授、平林健一 准教授

日本獣医生命科学大学 獣医学科 獣医病理学研究室
道下正貴 准教授、高橋公正 名誉教授

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所 電話03-3964-1141
老年病理学研究チーム(高齢者がん)研究部長 石渡 俊行
内線4414  tishiwat@tmig.or.jp

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