<プレスリリース>「咀嚼にともなう脳血流増加の神経メカニズムを解明」

発表内容の概要

東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美研究部長らの研究グループは、歩行するときに認知機能に重要な大脳のマイネルト神経という神経細胞が活性化されて、大脳皮質の血流量が増えることを示してきました。今回、咀嚼でも、マイネルト神経が活性化されて大脳皮質の血流量を著しく増加させることをつきとめました。これまで経験的に知られていた「咀嚼が高齢者の脳機能維持に重要である」理由を、科学的に説明しうる発見です。研究成果は令和元年12月17日に脳循環代謝の国際ジャーナル Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism に掲載されました。

研究の背景

咀嚼は、摂食・消化を助けるだけでなく、覚醒作用や認知機能の向上など、脳の働きにも有益な作用があるといわれています。これまで咀嚼中に大脳の血流量が増加することはわかっていましたが、その仕組みは不明でした。私たちは、大脳皮質の血流量調節に、認知機能に重要な大脳のマイネルト神経細胞(アルツハイマー型認知症ではこの神経細胞が変性・脱落してしまう)が関わっていること、歩行するとこの神経細胞が活性化され、脳血流が増えることを示してきました。咀嚼も歩行と同様にリズム運動ですので、咀嚼でもマイネルト神経細胞が活性化されて脳の血流量を増やすのではないかと予想し、今回、麻酔ラットで咀嚼を起こす大脳皮質の咀嚼野を電気刺激して、脳の血流量とマイネルト神経細胞の活動との関係を調べました。

研究成果の概要

麻酔したラットの大脳皮質咀嚼野に電極を埋め込み電気刺激を加えると、大脳皮質の前頭葉や頭頂葉で、50%近くも血流量が増加しました。このとき、マイネルト神経細胞の活動が著しく増加すること、マイネルト神経細胞が活動できなくする処置を施すと、咀嚼野の刺激による脳血流増加反応が小さくなってしてしまうこともわかりました。
では、この反応は、咀嚼筋の収縮が脳への刺激になっておこるのでしょうか?これを調べるため、筋が収縮しなくなる薬を投与してから咀嚼野の刺激をしてみました。すると、筋は動かないにもかかわらず、脳血流は薬の投与前と同じように増加したのです。

研究の意義

大脳皮質咀嚼野がはたらくとき、つまり自分の意志で咀嚼しようとするとき、認知機能に重要なマイネルト神経細胞が活性化し、大脳皮質の広範な領域で血流量が増加すること、しかもこの反応には、咀嚼筋がどのように動くかは関係していないことが新たにわかりました。したがって、咀嚼をイメージするだけで、実際に咀嚼するのと同じように、脳が活性化されうると考えられます。この結果は、イメージトレーニングを生かした、高齢者の認知症予防の新しい方法の開発につながると期待されます。

掲載論文について
【掲載誌】

脳循環・脳代謝の国際ジャーナル 「Journal of Cerebral Blood Flow and Metabolism

【論文のタイトル】

Involvement of the basal nucleus of Meynert on regional cerebral cortical vasodilation associated with masticatory muscle activity in rats
(ラットの咀嚼筋活動に伴う大脳皮質局所血管拡張におけるマイネルト基底核の関与)

【掲載論文の著者】

Harumi Hotta*(堀田晴美), Harue Suzuki(鈴木はる江), Tomio Inoue(井上富雄), Mark Stewart
(*責任著者)

【掲載論文の要旨】

目的:咀嚼に伴う新皮質の脳局所血流(rCBF)増加の神経メカニズムを、マイネルト基底核(NBM)に由来する皮質血管拡張系に焦点を当てて調べた。

方法:麻酔をかけたラットを用いて、頭頂葉のrCBFを下顎筋の筋電図、前頭葉の局所電場電位、NBMニューロンのマルチユニット活動、および全身動脈圧と同時に記録した。

結果:
1.自発的で、かつリズミカルな咀嚼筋活動が皮質脱同期化とともに見られたとき、NBM活動の増加と血圧変化とは無関係に顕著なrCBF増加が観察された。同様のrCBF増加は、片側の皮質咀嚼野の反復電気刺激によっても誘発された。
2.咀嚼野刺激によるrCBF増加反応は、抑制性物質(GABA作動薬)をNBMに投与することで減弱した。
3.筋弛緩薬で非動化した後にも、咀嚼野刺激によるrCBF増加は維持された。
4.錐体路の電気刺激によって下顎筋活動を誘発した場合には、rCBFは変化しなかった。

結論:以上の結果は、NBMの血管拡張ニューロンの活性化が、咀嚼に伴うrCBFの増加に寄与すること、そしてそのNBMの活性化は、脳幹の咀嚼リズム発生神経回路の働きや収縮する咀嚼筋からのフィードバックとは無関係に、大脳皮質咀嚼野からのセントラルコマンドによって誘発されることを示唆する。

図

【研究チーム】

東京都健康長寿医療センター研究所・老化脳神経科学研究チーム・
    自律神経機能:堀田晴美研究部長、鈴木はる江協力研究員
昭和大学歯学部:井上富雄教授
ニューヨーク州立大学医学部:Mark Stewart教授

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所
老化脳神経科学研究チーム(自律神経機能)研究部長 堀田晴美
電話 03-3964-3241(内線4343)  hhotta@tmig.or.jp

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