<プレスリリース>「筋ジストロフィー症に関わる糖鎖を合成する仕組みを解明」

東京都健康長寿医療センターの遠藤玉夫シニアフェロー、萬谷博研究副部長、今江理恵子研究員、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所の加藤龍一准教授、桑原直之研究員(研究当時)らの共同研究グループは、先天性筋ジストロフィー症の原因遺伝子FKRPによる糖鎖合成機構を解明し、筋ジストロフィー症の新たな発症メカニズムを明らかにしました。この研究成果は、今後の病態解明や治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、Nature Publishing Group発行のオンライン国際科学雑誌「Nature Communications」に1月16日に掲載されました。

研究の背景

先天性筋ジストロフィー症は全身の筋力が低下する遺伝子疾患であり、厚生労働省の指定難病です。研究グループは、糖鎖の異常を原因とするタイプの筋ジストロフィー症を発見し、その発症メカニズムを明らかにしてきました。この中には日本の小児筋ジストロフィー症の中で2番目に多い福山型筋ジストロフィー症も含まれます。同研究グループは以前、福山型とその類縁疾患の原因遺伝子産物fukutin、FKRPの機能を明らかにし、これらが糖鎖を作る糖転移酵素の仲間であること、その働きによって「リビトールリン酸」が2個つながった、非常にユニークな構造が形成されることを報告しました(図1)。このような糖鎖はこれまで哺乳動物では見つかったことがない全く新しい構造であり、病態解明や治療法開発のために、この糖鎖が合成される仕組みを明らかにする必要がありました。

研究成果の概要

今回、X線結晶構造解析*1によりFKRPの立体構造の解明に成功し、FKRPがリビトールリン酸をつなげて糖鎖を伸ばす仕組みを明らかにしました。FKRPは機能未知だった部分(幹領域)と酵素活性を担う部分(触媒領域)で構成されますが(図2)、1分子で単独で存在するのではなく、FKRPが4つ集合した「4量体」という状態で存在し(図3)、2つのFKRPのそれぞれの幹領域と触媒領域を使って糖鎖を両端から挟み込むように捕まえることが分かりました(図4)。FKRPと糖鎖の結合にはリン酸というこの糖鎖に特徴的な構造が必要でした。さらに、筋ジストロフィー症患者から見つかったいくつかの変異FKRPは、4量体を作ることができず、酵素活性が著しく低下していました。これらの結果から、FKRPが複数で集まって存在することは、FKRPが糖鎖を捕まえるために必須であることが分かりました。同じ酵素2つが協調して糖鎖を捕まえるという方式も、糖鎖を合成する仕組みとして初めての発見であり、ユニークなリビトールリン酸構造を形成する基盤であることが明らかになりました。

研究の意義

今回、FKRPが4量体を作ることが機能的に重要であることが明らかとなったことから、変異によって立体構造が崩れ、4量体を作れなくなった患者に対しても、4量体を作らせる化合物・薬物を探すことで、難病である筋ジストロフィー症の新たな治療法の開発につながることが期待されます。また、加齢性の筋肉減少症であるサルコペニアにおいても、この糖鎖の合成が徐々にうまくいかなくなる可能性を探ることで、高齢者医療につながることが期待されます。


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【掲載論文について】

【掲載誌】
Nature Publishing Group発行の国際科学雑誌「Nature Communications」

論文タイトル:Crystal structures of fukutin-related protein (FKRP), a ribitol-phosphate transferase related to muscular dystrophy「筋ジストロフィー症に関わるリビトールリン酸転移酵素fukutin-related protein(FKRP)の結晶構造」

著者:桑原直之1*†、今江理恵子2*、萬谷博2、田中智博3、水野真盛3、津元裕樹4、金川基5、小林千浩5、戸田達史5,6、千田俊哉1,7、遠藤玉夫2#、加藤龍一1,7# (*共同筆頭筆者、#共同責任著者)(人名の後の数字は所属機関)

1高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 構造生物学研究センター、2東京都健康長寿医療センター研究所 老化機構研究チーム 分子機構研究、3公益財団法人野口研究所 糖鎖有機化学研究室、4東京都健康長寿医療センター研究所 老化機構研究チーム プロテオーム研究、5神戸大学大学院医学研究科 神経内科学/分子脳科学、6東京大学大学院医学系研究科 神経内科学、7総合研究大学院大学、†現ペプチドリーム株式会社
DOI:10.1038/s41467-019-14220-z

【用語解説】

*1 X線結晶構造解析
X線を利用して1万分の1mmよりも小さいタンパク質分子の立体構造を原子レベルで調べる方法。

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所 電話 03-3964-3241
 ・老化機構研究チーム(分子機構) 研究副部長 萬谷 博 内線 4402 manya@tmig.or.jp
 ・シニアフェロー 遠藤 玉夫 内線 4400 endo@tmig.or.jp

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