東京都健康長寿医療センターの吉本由紀学振研究員、上住円研究員、上住聡芳研究副部長らは、筋線維の成熟度を精密に評価する方法を発表しました。この研究成果は、国際科学雑誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」に2020年4月22日付けにて掲載されました。
骨格筋は全身の臓器の中でも特に優れた再生能を有しています。筋再生は筋衛星細胞と呼ばれる筋の幹細胞が担っています。筋衛星細胞は通常は静止状態で存在しますが、筋損傷時に活性化し、増殖、分化を経て新しい筋細胞(筋線維)を形成することで筋を再生します。筋疾患や高齢者の転倒時などで筋は損傷されますが、こうした患者さんの筋再生を促進できれば、回復を早めることに繋がります。筋再生を促進させるための研究を進めるには、筋再生をきちんと評価する方法が必要です。これまで、筋再生が活発に起こっているかどうかを評価する方法はいくつも考案されてきました。しかし、再生が起こっているということは、まだ組織が治っていないということを意味します。よって、筋の治りの程度、言い換えれば、筋線維の成熟度を精度高く評価する方法が必要になります。今回、我々はこの課題に取り組み、高精度な筋線維再生の評価法を報告しました。
筋の治りの程度を精度高く反映する指標を明らかにする目的で、公表されている筋再生過程の網羅的遺伝子発現解析データを元に、筋再生関連遺伝子の発現を調べました。まず、一般的によく用いられるGapdhやb-actinといった内部コントロール遺伝子は筋再生過程で大きく変動し、筋再生の評価には不適切であることを明らかにしました。代わりに、筋再生過程の評価に適した内部コントロール遺伝子Cmasを見出しました。Cmasを用いて遺伝子発現解析を進めた結果、Myozenin (Myoz1 and Myoz3), Troponin I (Tnni2), Dystrophinの発現が筋の治癒度を極めて正確に反映することを突き止めました。Myoz1, Myoz3, Tnni2は生体の筋線維では高発現していますが、培養筋細胞(筋管細胞)では発現がほとんど見られず、筋線維の成熟度をよく反映すると考えられました。さらに、Myoz1およびDystrophinタンパク質の免疫染色によって、筋線維の成熟度を単一筋線維レベルで空間的に高精度解析する方法も提示しました。
本研究で、筋の治りの程度を正確に判定・評価する方法を確立しました。同定した指標であるMyozenin, Troponin I, Dystrophinは、単にマーカーとして有用なだけでなく、機能的にも重要であることが知られているため、筋機能の回復も反映していると考えられます。本研究で確立した方法は、筋疾患や老化などの筋再生不全が関連する研究に広く応用できると考えられます。筋線維の成熟度を精度高く評価できるため、病状の把握や、どのような治療法が有効なのか等の判定に役立ちます。また、本研究で、筋線維の成熟度の指標となる遺伝子が、培養系の筋管細胞では発現してこないことも明らかになりました。培養細胞にはやはり成熟に限界があり筋管細胞を生体の筋線維のモデルとする場合は注意が必要であることを意味しています。
国際科学雑誌「Frontiers in Cell and Developmental Biology」
Methods for Accurate Assessment of Myofiber Maturity During Skeletal Muscle Regeneration
(筋再生過程における筋線維の成熟度を高精度に評価する方法)
(電子版:https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2020.00267/full、2020年4月22日)
筋再生の程度を正確に評価する方法を開発
Myozenin, Troponin I, Dystrophinの遺伝子発現レベルは筋再生の程度を高精度に反映する。Myoz1, Dystrophinの免疫染色は単一筋線維レベルでの成熟度の評価を可能にする。培養筋管細胞は筋線維レベルまで成熟しない。
プレス資料
東京都健康長寿医療センター研究所
筋老化再生医学研究 上住聡芳
電話:03-3964-3241(内線 4302)