<プレスリリース>「前立腺がん治療を効かなくするRNA群の発見と治療応用」

発表内容の概要

東京都健康長寿医療センターの井上聡研究部長、高山賢一専門副部長らの研究グループはホルモン療法が効かなくなった前立腺がん組織を解析し、治療が効かなくし、がんの悪性化を担うRNA群を明らかにしました。この研究成果は、今後の治療や診断方法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、Nature Publishing Group発行のオンライン国際科学雑誌「Communications Biology」に7 月23 日に発表されました。

研究の背景

前立腺がんは欧米およびわが国において男性がかかるがん種として患者数がとても多く、特に高齢男性に頻繁に見られ。健康長寿を大きく損ねることで有名です。進行した前立腺がんにおいては男性ホルモン作用を抑えるホルモン療法を行いますが、治療を継続すると薬剤が効かなくなり、再発、難治化して死に至ることが大きな課題となっており、日本では年間1万人を超える死亡数となっております。再発においては男性ホルモンであるアンドロゲンのシグナルが亢進し、その作用を担う男性ホルモン受容体の異常な増加が起こることが注目されていました(図1)。同グループは2年前に前立腺がん細胞におけるRNAに結合するタンパク質群 (PSF、NONO) がRNAの成熟を担い遺伝子変化を起こすことを報告しました。

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研究成果の概要

今回手術により摘出された前立腺より顕微鏡下で前立腺がんおよび良性組織に区分けするとともに、その後の治療によりホルモン療法が効かなくなり再発したがん組織を切除、生検や死後の病理解剖により入手し、次世代シークエンサーを用いて組織中に発現している遺伝子の病気の進行による変化を広く解析しました (図2)。その結果、ホルモン療法が効かなくなったがんにおいて特徴的に増えてくる遺伝子群を見出し、特にこれまでほとんど知られてこなかったタンパク質の情報を有しないRNA(非コードRNA)群を同定しました。さらに非コードRNA群はRNAの成熟を促すタンパク質の細胞内での働きをコントロールする役割を有し、がんの悪性化に働いていることを見出し、ホルモン受容体の活性化をもたらす仕組みを発見しました (図3)。

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用語解説

RNA: リボ核酸の略。ゲノムの遺伝情報を細胞に伝令するための仲介役として働く。通常RNAは成熟を受けた後に細胞で働くタンパク質の情報を伝えるが、タンパク質の情報を持たないRNAを非コードRNAと呼ぶ。

研究の意義

今回発見した新たなRNA群の働きは同グループが提唱しているがん細胞内でのRNAの成熟の仕組みの幅広い異常により前立腺がんのホルモン療法が効かなくなるという仮説をさらに立証するものであり、がんの悪性化の仕組みの理解を深めたと思われます。またタンパク質を作らないとされている非コードRNAは、これまでのタンパク質に対する治療法と異なり、新しいクラスの治療法の対象として注目されているところです。本研究により、前立腺がん患者での再発・難治化を予測する診断のマーカーとしての意義と、動物モデルを使用したがん治療効果を示し、臨床への応用が期待されます。

掲載誌

Nature Publishing Group 発行の国際科学雑誌「Communications Biology」

論文タイトル: Identification of long non-coding RNAs in advanced prostate cancer associated with androgen receptor splicing factors「進行した前立腺がんにおいてアンドロゲン受容体のスプライシング因子に関わる長鎖非コードRNA群の同定」
著者:高山賢一 1、藤村哲也 2、鈴木 穣 3、井上 聡 1, 4# (#責任著者)

1 東京都健康長寿医療センター 研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2 自治医科大学 泌尿器科、3 東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカルゲノム、4 埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター

プレス資料

(問い合わせ先)

〒173-0015東京都板橋区栄町35-2 東京都健康長寿医療センター研究所

老化機構研究チーム システム加齢医学研究 井上 聡・高山賢一 電話 03-3964-1141 内線4314