<プレスリリース>「膵臓がんを老化させる新たな治療法を発見」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センターの石渡俊行研究部長、佐々木紀彦係長級研究員、豊田雅士研究副部長らはカリフォルニア大学のマレーコーク教授らと共同で、増殖因子受容体のFGFR4の特異的阻害剤により、膵臓がん細胞の老化を誘導し除去する方法を発見しました。膵臓がんの増殖、浸潤を抑制することに加え、老化を誘導する新たな治療法は、膵癌の予後改善に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、スイスMDPI社の癌専門科学雑誌「Cancers」誌のオンライン版(10月14日付け)に掲載されました。

研究の背景

 膵臓がんは高齢者を中心に急速に増加しており、発見時にはすでに癌が浸潤、転移し手術を受けられない事が多く、5年後に生存できる患者さんは10%に満たない深刻な状況が続いています。このため、一刻も早い膵臓がんの早期診断法と、新たな治療法の開発が求められています。線維芽細胞増殖因子19 (FGF19)の特異的受容体であるFGFR4*1を介したシグナル伝達は、がんの発生や進行と関係していることが報告されていました。しかし、FGFR4の膵臓がん細胞での役割や、それを標的とした治療についての研究は進んでいませんでした。

研究成果の概要

 FGFR4は正常のヒト膵臓組織ではほとんど発現していませんでしたが、がんが大きくステージが進んだ膵臓がん患者さんの癌細胞に多く発現していました。ヒト膵臓がん培養細胞のPK-1細胞では、FGFR4が高発現しており、他の細胞からのFGF19だけでなく、癌細胞が自ら産生したFGF19を利用するautocrine/paracrine機構が働いていることが確認されました。FGFR4の特異的阻害剤であるBLU9931を投与すると、膵臓がん細胞のERK、AKT、およびSTAT3経路が阻害され細胞増殖の低下がみられ、MT1-MMP*2も低下させることにより、細胞浸潤も阻害されました。BLU9931存在下で膵臓がん細胞を培養すると、細胞の巨大化、老化関連bガラクトシダーゼ活性の増加、SASP*3などを特徴とする細胞老化が誘導され、老化した膵臓がん細胞は、老化細胞死誘導薬*4のケルセチンで除去されることを確認しました。

研究の意義と展望

 本研究では、世界で初めてFGFR4の阻害により膵臓がんの増殖と浸潤を抑えるとともに、老化を誘導することが可能であることを明らかにしました(図1)。

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 FGFR4を発現する膵臓がんに対して老化誘導し、老化細胞死誘導薬を併用する今までにない画期的な治療法となることが期待されます(図2)。

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 さらに、表面抗原を標的としている新たながん治療法として注目されている光免疫療法*5にもFGFR4が標的分子になることが期待されます(図3)。

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【用語解説】

*1 FGFR4: FGFの受容体であるFGFRにはFGFR1からFGFR4まで4つのファミリーが存在している。FGFR1からFGFR3ではさらにスプライシングバリアントが存在するのに対し、FGFR4には存在しない。FGFR4に特異的なFGF19は、膜タンパクのb-Klotho(KLB)と共役してシグナルを伝えている。

*2 MT1-MMP: 膜型のマトリックスメタロプロテアーゼで、I, II, III型コラーゲン、ラミニン1, 5、フィブロネクチン、フィブリン、プロテオグリカン等の細胞外マトリックスを分解する活性を持つのみでなく、細胞膜表面において可溶型MMPであるMMP-2やMMP-13を活性化する機能をも有している。MT1-MMPの発現は、がんの浸潤、転移と相関する。

*3 SASP(senescence-associated secretory phenotype):細胞老化を起こした細胞が、様々な炎症性サイトカインやケモカイン,細胞外マトリックス分解酵素など炎症や発がん促進作用のある種々の分泌蛋白質を発現する現象のことをさす。

*4 老化細胞死誘導薬: 加齢により蓄積される老化細胞は、臓器や組織の機能低下を引き起こし、さまざまな加齢性疾患をもたらす誘因と考えられている。従って、老化細胞選択的に細胞死を引き起こせる老化細胞死誘導薬により老化細胞を取り除くことで、健康寿命を延ばすことが可能と期待されている。近年の研究で、化合物スクリーニングにより、細胞のタイプや種類に関係なく、アポトーシスを誘導することで選択的に老化細胞を殺すことができる老化細胞死誘導薬剤が発見された。その後のマウスの研究では、ダサチニブ、ケルセチンといった老化細胞死誘導薬の投与により、老化マウスにおける身体機能低下の改善がみられた。さらに、ヒトでの治験で、老化細胞死誘導薬の投与で老化細胞の減少や歩行の改善がみられている。また近年は、癌細胞に細胞老化を誘導して老化細胞死誘導薬を用いるという新たな癌治療に向けた研究も行われている。

*5 光免疫療法: がん細胞に発現している特定のタンパク質と結合する抗体に、あらかじめ非熱性赤色光と化学反応を起こす光感受性物質(IR-700)を付加した薬剤を静脈注射する。この抗体が体内でがん細胞に結合するのを待ち、その後、光ファイバーを病変に到達させて非熱性赤色光を照射する。すると光感受性物質が非熱性赤色光に反応して、がん細胞が破壊される。破壊に伴い、免疫反応も惹起される。薬剤が結合していない、もしくは非熱性赤色光が当たらない細胞では起こらないため、副作用の少ない治療法として注目されている。日本では最近、頭頸部がんにおいて治療薬が承認された。

発表雑誌

雑誌名: Cancers
論文公開 URL:https://www.mdpi.com/2072-6694/12/10/2976
公開号: 2020年 10月 14日発行号 Web, オープンアクセス
論文番号(DOI):10.3390/cancers12102976
英文タイトル: FGFR4 inhibitor BLU9931 attenuates pancreatic cancer cell proliferation and invasion while inducing senescence - evidence for senolytic therapy potential in pancreatic cancer

Norihiko Sasaki, Fujiya Gomi, Hisashi Yoshimura, Masami Yamamoto, Yoko Matsuda, Masaki Michishita, Hitoshi Hatakeyama, Yoichi Kawano, Masashi Toyoda, Murray Korc and Toshiyuki Ishiwata* (*corresponding author)

和文タイトル: FGFR4阻害剤のBLU9931は膵臓がん細胞の増殖と浸潤を抑制するとともに老化を誘導するー膵臓がんにおける老化細胞除去療法の効果

佐々木紀彦、五味不二也、吉村久志、山本昌美、松田陽子、道下正貴、畠山 仁、川野陽一、豊田雅士、マレーコーク、石渡俊行* (*責任著者)

共同研究チーム

地方独立行政法人 東京都健康長寿医療センター研究所
 老年病理学研究チーム 高齢者がん
  石渡俊行 研究部長、五味不二也 係長級研究員
 老年病態研究チーム 心血管老化再生医学
  豊田雅士 研究副部長、佐々木紀彦 係長級研究員
Department of Developmental and Cell Biology, School of Biological Sciences, University of California, Irvine.
 Murray Korc 教授
日本獣医生命科学大学
 獣医保健看護学科 病態病理学研究分野
  山本昌美 准教授、 吉村久志 講師
 獣医学科 獣医病理学研究室
  道下正貴 准教授
 獣医学科 比較細胞生物学研究室
  畠山仁 助教
香川大学医学部医学科 病理病態・生体防御医学講座 腫瘍病理学 
  松田陽子 教授
日本医科大学 千葉北総病院 外科
  川野陽一 講師

プレス資料

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所
老年病理学研究チーム(高齢者がん)研究部長 石渡 俊行
電話 03-3964-1141 内線4414
Email: tishiwat@tmig.or.jp