<プレスリリース>筋間質の間葉系前駆細胞の加齢変化がサルコペニアに寄与する

概要

 東京都健康長寿医療センターの上住聡芳研究副部長らの研究グループは、筋間質の間葉系前駆細胞[1]において、特異的に発現している液性因子Bmp3b[2]が筋組織の健康維持に機能することを発見し、Bmp3bの発現低下がサルコペニア(老化による筋量・筋機能の低下)の一因となることを明らかにしました。本研究は、筋肉老化の新しいメカニズムを提示しており、サルコペニアの予防・治療法開発に貢献できると期待されます。
この研究成果は、米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」での掲載に先立ち、2020年11月11日2:00(日本時間)にオンライン公開(In-Press Preview version)されました。

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研究の背景

骨格筋は人体で最大の臓器であり、運動や身体活動などの健康維持に欠かせない機能を担っています。しかし、骨格筋は加齢に伴ってその量と機能が低下することが知られています。この骨格筋の老化はサルコペニアと呼ばれ、現在、大きな社会問題となっています。疫学調査によって筋量を維持できている人は、種々の疾病の罹患率が低下し長寿であることが明らかとなってきており、骨格筋の健全性を維持することは健康長寿実現の鍵になると考えられています。

 サルコペニアの原因はよくわかっていませんが、異所性脂肪細胞[3]の蓄積(脂肪化)がサルコペニアの筋ではよく見られることが知られています。本研究グループは、骨格筋における異所性脂肪細胞を生み出す元となる間葉系前駆細胞を筋間質に発見し注1)、本細胞の脂肪化や線維化に寄与する病的な特性について研究を行ってきました。しかし、本細胞の生理的な役割は依然として不明でした。そこで、間葉系前駆細胞の生理的役割、および、サルコペニアへの関与を明らかにするべく研究に取り組みました。

注1)Akiyoshi Uezumi, So-ichiro Fukada, Naoki Yamamoto, Shin'ichi Takeda, Kunihiro Tsuchida. "Mesenchymal progenitors distinct from satellite cells contribute to ectopic fat cell formation in skeletal muscle", Nat Cell Biol. 2010.,
doi: 10.1038/ncb2014

研究の成果

 まず、間葉系前駆細胞の生理的役割を明らかにするため、本細胞を欠損する遺伝子改変マウスを作製しました。
作製された間葉系前駆細胞欠損マウスは、筋量・筋力の低下を示し、筋組織を構成する筋線維は顕著に萎縮していました(図1)。

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A:筋組織断面の蛍光染色像。間葉系前駆細胞が欠損マウスでほぼ消失している。スケールバー:20 μm。
B-C:握力 (B)、筋重量 (C)、筋線維断面積 (D)の測定結果。間葉系前駆細胞欠損マウスで筋力・筋量が低下し筋線維が萎縮していることがわかる。
TA:前脛骨筋、GC:腓腹筋、QF:大腿四頭筋、SOL:ヒラメ筋、EDL:長趾伸筋。

 筋機能の維持には運動神経[4]と筋線維の協調が重要ですが、研究グループは一部の間葉系前駆細胞が運動神経の軸索[5]や神経筋接合部(NMJ)[6]に接するように局在していること、間葉系前駆細胞欠損マウスではNMJやシュワン細胞の変性が起こっていることを見出しました(図2)。これらの結果から、間葉系前駆細胞は筋組織の健全性維持に必須の役割を果たしていると考えられました。また、間葉系前駆細胞欠損マウスで見られた筋量・筋力の低下やNMJ・シュワン細胞の変性は、サルコペニアの特徴と酷似しており、間葉系前駆細胞の機能変化がサルコペニアに関与していることが示唆されました。

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A:骨格筋のホールマウント染色。間葉系前駆細胞が運動神経軸索やNMJに近接しているのがわかる。矢じりはNMJを示す。
B:コントロールおよび間葉系前駆細胞欠損マウスの骨格筋のホールマウント染色。間葉系前駆細胞欠損マウスでNMJ、シュワン細胞の変性が起こっている。スケールバー:20 μm (A), 50 μm (B)。

 そこで、網羅的遺伝子発現解析を駆使して、間葉系前駆細胞による筋の維持作用を担いサルコペニア発症に関わる因子の探索を行った結果、候補因子としてBmp3b を同定しました(図3)。Bmp3b は筋組織に存在する細胞の中で間葉系前駆細胞だけが発現しており、老齢マウスの間葉系前駆細胞ではその発現が顕著に低下していました。また、間葉系前駆細胞が脂肪分化するとBmp3bの発現は激減しました。さらに、老化によるBmp3bの発現低下はヒトでも確認されました。

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まず、間葉系前駆細胞欠損により萎縮した筋で発現低下する遺伝子を探索した(左)。
これにより、間葉系前駆細胞で発現していて筋の維持に機能している遺伝子が絞り込まれると考えられる。
しかし、この解析は筋組織全体をサンプルとしているため、間葉系前駆細胞以外で発現している遺伝子も含まれる。
そこで、セルソーターで純化した細胞を用い、間葉系前駆細胞に特異的で老化により発現低下する遺伝子を絞り込んだ(右)。
この両方の基準を満たす遺伝子に、間葉系前駆細胞による筋の維持作用を担いサルコペニア発症に関わる候補因子が含まれると考えられる。

 Bmp3b の機能を調べるためBmp3b 欠損マウスの解析を行ったところ、筋量・筋力の低下、NMJ・シュワン細胞の変性が認められました。培養細胞を用いてBmp3b の作用を詳しく調べた結果、Bmp3b は筋細胞において筋量維持に重要なSmad1/5/8 やAkt といったシグナル因子を活性化すること、また、シュワン細胞の分化形質を安定化させることが明らかになりました(図4)。Bmp3bの減少とサルコペニアの関連を明らかにするため、老齢マウスにBmp3b を投与したところ、筋量・筋力の向上が見られ、Bmp3b の減少がサルコペニアの一因になっていると考えられました。

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A:筋細胞に対するBmp3bの作用。Bmp3bの添加によって筋細胞の面積は大きくなりシグナル因子Smad1/5/8 とAkt の活性化が起こる。
B:シュワン細胞に対するBmp3b の作用。髄鞘タンパクMBPの染色により髄鞘化を定量し、シュワン細胞の分化形質を評価した。

本研究の意義と今後の期待

 間質に存在する間葉系前駆細胞は脂肪化や線維化の元になることから、その病的な役割が注目されてきましたが、本研究によって筋組織の恒常性維持に必須であることが明らかになり、間葉系前駆細胞が特異的に発現し筋維持作用を有する因子としてBmp3b を同定することもできました。Bmp3b の発現は間葉系前駆細胞が老化、または脂肪分化すると減少すること、サルコペニアは筋の脂肪化を伴う場合が多いこと、そしてBmp3bの投与によって老齢マウスのサルコペニア症状が軽減することから、Bmp3bの減少はサルコペニアの一因になっていることが示唆されます。一方、間葉系前駆細胞で発現し筋維持作用を有する候補因子はBmp3b以外にも複数あり、それらもサルコペニアに関与する可能性があります。すなわち、Bmp3bの減少を含む間葉系前駆細胞の加齢変化がサルコペニア発症に寄与していると考えられます。
 本研究によって、間質の間葉系前駆細胞がサルコペニア発症に深く関わるという、これまでに知られていなかった機構が明らかになりました。今後、本細胞を標的にすることで効果的なサルコペニアの予防・治療法開発につながると期待されます。

用語説明

1.間葉系前駆細胞:脂肪や骨、線維芽細胞などの間葉系譜の細胞へ分化できる細胞。筋細胞への分化能はない。
2.Bmp3b:様々な機能を持つ分泌因子ファミリーであるTGF-bスーパーファミリーに属する因子の一つ。
3.異所性脂肪細胞:脂肪組織の形成される通常の脂肪細胞に対して、脂肪組織以外の部位に形成される脂肪細胞を指す。
4.運動神経:筋線維に収縮の刺激を伝える神経。
5.軸索:神経の興奮を伝えるための細胞体から延びた突起。
6.神経筋接合部(NMJ):運動神経の軸索終末部と筋線維が接合する部

原論文

Akiyoshi Uezumi*, Madoka Ikemoto-Uezumi, Heying Zhou, Tamaki Kurosawa, Yuki Yoshimoto, Masashi Nakatani,Keisuke Hitachi, Hisateru Yamaguchi, Shuji Wakatsuki, Toshiyuki Araki, Mitsuhiro Morita, Harumoto Yamada, Masashi
Toyoda, Nobuo Kanazawa, Tatsu Nakazawa, Jun Hino, So-ichiro Fukada & Kunihiro Tsuchida. "Mesenchymal Bmp3b expression maintains skeletal muscle integrity and decreases in age-related sarcopenia", The Journal of Clinical
Investigation, doi: 10.1172/JCI139617
*責任著者

研究支援

日本学術振興会(JSPS)科研費、AMED 難治性疾患実用化研究事業、国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費、公益財団法人長寿科学振興財団、公益財団法人内藤記念科学振興財団、一般社団法人日本損害保険協会、公益財団法人三越厚生事業団、公益財団法人アステラス病態代謝研究会、公益財団法人三井住友海上福祉財団、公益財団法人小野医学研究財団

プレス資料

問い合わせ先

東京都健康長寿医療センター研究所 筋老化再生医学研究
研究副部長 上住 聡芳(うえずみ あきよし)
電話:03-3964-3241(内線 4302)