<プレスリリース>「脂肪幹細胞の分化を制御する遺伝子発現が老齢で揺らいでいる」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センターの石神昭人研究部長,土志田裕太,佐野遙香連携大学院生らは和歌山県立医科大学の橋本真一教授,岩淵禎弘助教,東京都立大学の相垣敏郎教授,東京医科歯科大学の吉田雅幸教授らと共同で,包括的1細胞遺伝子発現解析により脂肪組織から培養を経ない幹細胞を同定し,脂肪幹細胞の分化を制御する遺伝子発現が老齢で揺らいでいることをはじめて明らかにしました。この研究成果は,再生医療における脂肪幹細胞の老化機構の解明や老化制御に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は,米国東部時間の20201125日午後2時(日本時間1126日午前4時)にPLOS ONEの電子版に掲載されました。

研究目的

 再生医療は,組織や臓器の欠損や機能不全に対して,幹細胞を用いて機能を回復する現代の最新医療です。幹細胞には,iPS細胞のような多能性幹細胞と間葉系幹細胞のような体性幹細胞があります。間葉系幹細胞は,骨髄や脂肪,皮膚など全身の様々な場所に存在しており,自分自身から採取した間葉系幹細胞を再生医療に使用することが可能です。超高齢社会において再生医療を受ける患者さんは今後,高齢者の増加が予想されます。しかし,高齢者から採取した間葉系幹細胞が若年者の間葉系幹細胞と分化能が同等であるかはわかっていませんでした。本研究では,多くの細胞集団から細胞1個ずつを区別して解析できる最新の1細胞遺伝子発現解析を用いて,老齢と若齢のマウス脂肪組織から培養を経ない幹細胞を同定して,脂肪幹細胞の遺伝子発現が老若マウスで同等であるかを明らかにすることを研究の目的としました。

研究成果の概要

 本研究では,包括的1細胞遺伝子発現解析により老若マウスの脂肪組織から成熟脂肪細胞を除いた間質血管画分を分離,精製して,培養を経ることなく,間質血管画分に存在する脂肪幹細胞を同定しました。そして,細胞分化の抑制に関与する3種類の遺伝子(Adamts7, Snai2, Tgfbr1)が脂肪幹細胞で高発現していることを新たに見出すことができました。さらに,これらの遺伝子と脂肪前駆細胞で高発現する遺伝子を老若マウスの間で比較したところ,脂肪幹細胞の分化を制御する遺伝子発現の厳密性が老齢で揺らいでいることがわかりました。

研究の意義

 本研究により,脂肪組織から脂肪幹細胞を培養を経ることなく同定することができました。また,再生医療に使用される脂肪幹細胞は,老齢で分化を制御する遺伝子発現が揺らぐことを明らかにしました。この研究成果は,脂肪幹細胞を使用する高齢者の再生医療に大きく貢献するものと期待されます。

掲載論文について

【掲載誌】米国オンライン科学雑誌「PLOS ONE」(電子版)(2020年11月25日)
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0242171
【掲載論文の英文表題と著書およびその和訳】
Age-associated changes in the transcriptomes of non-cultured adipose-derived stem cells from young and old mice assessed via single-cell transcriptome analysis
Yuta Doshida, Haruka Sano, Sadahiro Iwabuchi, Toshiro Aigaki, Masayuki Yoshida, Shinichi Hashimoto, and Akihito Ishigami * (*corresponding author)
包括的1細胞遺伝子発現解析による老若マウスから培養を経ない脂肪幹細胞における遺伝子発現の加齢変化
土志田裕太,佐野遙香,岩淵禎弘,相垣敏郎,吉田雅幸,橋本真一,石神昭人* (*責任著者)

掲載論文の要旨

【背景と目的】

 脂肪幹細胞は脂肪組織に存在する幹細胞であり,他の組織に存在する間葉系幹細胞よりも優れた多分化能を有するため,再生医療への応用が期待される。従来の脂肪幹細胞研究では,生体から採取した脂肪組織を酵素消化し,成熟脂肪細胞を除いた間質血管画分を継代培養して得た脂肪幹細胞を使用している。培養を経た脂肪幹細胞は,ドナーが高齢であるほど多分化能が低下するとの報告もある。そこで,本研究では,近年開発された1細胞ごとの遺伝子発現データを網羅的に解析できる包括的1細胞遺伝子発現解析を用いて,培養を経ない脂肪幹細胞の遺伝子発現を老若マウスの間で比較,検討した。

【方法】
 若齢(6月齢)および老齢(29月齢)の雄性C57BL/6マウスから精巣上体周囲脂肪を採取した。コラゲナーゼ消化により細胞を分散し,間質血管画分を分離,精製した。そして,1細胞ごとの遺伝子発現情報を取得し,ソフトウエア(Seurat他)を用いて解析した.さらに,脂肪幹細胞の遺伝子発現を老若マウスで比較した。

【結果】
 遺伝子発現情報の解析により,間質血管画分を11の細胞集団(Group 0〜10)に分類した。この中でGroup 1, 3, 5はGsn, Cxcl1, Col1a2, Col6a1, Mmp2, Mmp14などの脂肪幹細胞で高発現する遺伝子発現が認められた。さらに,分化の進んだ脂肪前駆細胞で高い発現が報告されている遺伝子(Egfr, Lpl他)の発現量を比較したところ,Group 3<1<5の順番であった。これはGroup 3が最も幼若な脂肪幹細胞であり,Group 1と5は脂肪前駆細胞へと分化が進んだ細胞集団である可能性を示している.また,Group 3では分化を抑制することが報告されている3種類の遺伝子(Adamts7, Snai2, Tgfbr1)が高発現していることを新たに見出した。幹細胞性の機能維持には,分化を抑制する必要がある。さらに,これら遺伝子と脂肪前駆細胞で高発現する遺伝子の時系列(Pseudo-time)解析により老若マウスの間で比較したところ,脂肪幹細胞の分化を制御する遺伝子発現の厳密性が老齢マウスで揺らいでいることがわかった。

【共同研究チーム】
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究チーム 分子老化制御
石神昭人 研究部長,土志田裕太,佐野遙香 連携大学院生
和歌山県立医科大学
橋本真一 教授,岩淵禎弘 助教
東京都立大学
相垣敏郎 教授
東京医科歯科大学
吉田雅幸 教授

プレス資料

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(問い合わせ先)

東京都健康長寿医療センター研究所

 老化制御研究チーム 分子老化制御 

研究部長 石神昭人

電話 03-3964-3241内線4305 Email: ishigami@tmig.or.jp