<プレスリリース>肝疾患の合併症で起こる筋萎縮のメカニズム解明

概要

東京都健康長寿医療センター・筋老化再生医学研究の黒澤珠希研究生、上住聡芳研究副部長らは、東京大学との共同研究で、肝疾患の合併症で生じる筋萎縮が損傷肝臓由来のTNFαによって引き起こされることを明らかにし報告しました。本研究は、肝臓-骨格筋間における臓器間コミュニケーションが、肝疾患の合併症の背景にあることを示しています。この研究成果は、英国科学雑誌「Cell Death & Disease」に2021年1月7日付けにて掲載されました。

研究の背景

肝臓は栄養素の貯蔵や代謝、消化、解毒など、生命を維持する上で重要な役割を多数担っています。肝臓が慢性的に傷害されると結合組織が増大することにより線維化が生じ、やがて肝硬変をきたします。肝硬変が悪化すると腹水や消化管出血を引き起こすことがあり、最悪の場合、肝不全や肝がんに発展します。最近、肝硬変の合併症として骨格筋の萎縮が重要視されてきています。筋萎縮が患者のQOL低下や予後不良に関連することが明らかとなり、「肝疾患におけるサルコペニア判定基準」が作成されています注1)。本研究では、肝疾患の合併症としての筋萎縮のメカニズム解明を目指して研究に取り組みました。

注1)Nishikawa et al. "Japan Society of Hepatology guidelines for sarcopenia in liver disease (1st edition): Recommendation from the working group for creation of sarcopenia assessment criteria", Hepatol Res, 46(10):951-63, 2016

研究結果

肝臓の線維化モデルとしてマウスの胆管結紮(BDL)モデルを用いました。BDLによって肝臓の線維化が確認されると同時に、骨格筋の顕著な萎縮が生じることを見出し、肝疾患の合併症としての筋萎縮を解析する上で、BDLモデルが有用であることがわかりました。BDLによる筋萎縮は肝病変の二次的な影響と考えられますが、我々は損傷肝臓から筋萎縮誘導因子が産生され、血流を介して骨格筋に作用し萎縮を誘導していると仮説を立てました。そこで、血中に筋萎縮誘導因子が存在することを証明するために、以下の実験に取り組みました。BDL処置マウスから血液を採取し、その血清を分化した筋管細胞[1]に作用させました。その結果、コントロールマウスの血清を作用させた場合と比べ、BDLマウスの血清を作用させた筋管細胞は顕著な萎縮を示し、BDLによって筋萎縮誘導因子が血中に誘導されると考えられました。
血中に存在する筋萎縮誘導因子の正体を明らかにするため、マイオスタチン(MSTN)[2]とTNFα[3]に注目しました。なぜなら、これら2因子は肝臓の線維化により発現上昇することが報告されていたためです。BDLマウスの血清を筋管細胞に作用させると同時にMSTNおよびTNFαを阻害したところ、MSTN阻害は筋管細胞の萎縮に影響しませんでしたが、TNFαの阻害は筋管細胞の萎縮を抑制しました。TNFαはBDLによって血中で増加することが確認され、その遺伝子発現の増加は骨格筋では認められず、損傷肝臓で認められました。さらに、エタネルセプト(TNFα阻害薬)[4]をBDL処置マウスに投与したところ、肝臓の線維化自体は抑制されませんでしたが、筋量・筋機能の低下、筋の萎縮が顕著に抑制されました。以上から、肝疾患において、損傷肝臓由来のTNFαが血流を介して骨格筋に作用し筋萎縮を誘導すると考えられました。

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本研究の意義と今後の期待

本研究から、肝臓-骨格筋シグナル軸を基盤とした多臓器連関が、肝疾患の合併症で起こる筋萎縮の背景にあることが明らかとなりました。筋萎縮は肝機能とは独立して肝疾患患者の予後を悪化させることが明らかとなってきており、筋萎縮の分子メカニズムを明らかにした本研究は、肝疾患の治療に重要な情報を提供します。さらに、本研究で用いたエタネルセプトは、関節リウマチの治療薬として既に承認されヒトに対して用いられていることから、臨床応用へと展開しやすいメリットもあります。

用語説明

1.筋管細胞:筋細胞(筋線維とも呼ばれる)は単核の筋幹細胞が分化、融合することで形成される多核で巨大な細胞。筋幹細胞がin vitroで分化、融合して形成する筋管細胞は筋線維のモデルとして用いられる。

2.マイオスタチン(MSTN):様々な機能を持つ分泌因子ファミリーであるTGF-bスーパーファミリーに属する因子の一つ。筋量を負に制御する。

3.TNFα:炎症性サイトカインに分類される分泌因子。

4.エタネルセプト:TNFRII(TNF受容体2)の細胞外領域とヒト免疫グロブリンG1のFc領域からなる融合タンパク。デコイ受容体としてTNFαと結合することでTNFαの受容体への結合を阻害する。

原論文

Tamaki Kurosawa, Momo Goto, Noriyuki Kaji, Satoshi Aikiyo, Taiki Mihara, Madoka Ikemoto-Uezumi, Masashi Toyoda, Nobuo Kanazawa, Tatsu Nakazawa, Masatoshi Hori* & Akiyoshi Uezumi*. "Liver fibrosis-induced muscle atrophy is mediated by elevated levels of circulating TNFα", Cell Death & Disease, 12(1):11, 2021

*責任著者

研究支援

日本学術振興会(JSPS)科研費、一般社団法人日本損害保険協会、公益財団法人三越厚生事業団、公益財団法人小野医学研究財団

問い合わせ先

東京都健康長寿医療センター研究所 筋老化再生医学研究
研究副部長 上住 聡芳(うえずみ あきよし)
電話:03-3964-3241(内線 4302)