<プレスリリース>「ホルモン療法が効かない前立腺がん・乳がんへの新しい治療薬候補の発見」

発表内容の概要

東京都健康長寿医療センター老化機構研究チームシステム加齢医学研究の井上聡研究部長、高山賢一専門副部長は化学系の研究者らと共同研究を行いホルモン療法が効かなくなった乳がんおよび前立腺がんに対する新しい治療薬候補を発見しました。同定された分子はがん細胞においてRNAに結合して悪性化を進めるPSFというタンパク質を標的とする新しい作用を持っており、今後のがんの治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、米国癌学会発行の国際科学雑誌「Cancer Research」に 2021年5月12日発表されました。

研究の背景

前立腺がんおよび乳がんは欧米およびわが国においてそれぞれ男性および女性がかかるがん種として最も患者数が多く、健康長寿を損ねることで有名です。これらのがんに対してはおおむね男性ホルモンや女性ホルモン作用を抑えるホルモン療法を行いますが、治療を継続すると薬剤や各種療法が効かなくなり、再発、難治化して死に至り、国内でそれぞれ1万人以上の死亡者数となっていることが大きな課題となっています。研究チームではこれまでにホルモン療法の効かない前立腺がん細胞においてはRNAに結合するタンパク質PSFががん細胞内での遺伝子の発現や成熟を制御していることを見出していました。また昨年にはホルモン療法が効かなくなった乳がんにおいても重要な働きをしていることも報告しました。

研究成果の概要

研究チームではこれらのがんの組織において鍵となるタンパク質PSFに結合し得る小分子化合物をケミカルアレイという手法により広く探索しました(図1)。その結果PSFのがん細胞での機能を抑える働きをする小分子を2つ同定し、化学構造を調整することでさらに効果的に働くと予測される分子を見出しました (図2)。この小分子を治療薬として使用することでPSFの増加しているホルモン療法の効かないがん細胞の増殖や実験動物内での腫瘍の増殖を抑える働きがあることを示しました(図3)。さらに細胞や腫瘍内でPSFの標的となっているがんを促進遺伝子の発現やホルモン療法の標的となる受容体の発現も抑制することを見出しました。

研究の意義

今回の治療薬候補分子の同定によりホルモン療法が効かなくなった乳がん・前立腺がんに対する新しい治療法の開発につながる可能性があります。特にこの薬剤候補分子はRNA結合タンパク質というこれまでにない種類の分子を標的とした薬剤となるため従来の薬剤では効果のないがんに対する治療法の確立に寄与することが考えられます。実際に研究グループではすでに国際特許を申請しており、今後小分子の化学構造に改良を重ねることでさらに効果を最適化し、生体内での安全性が検証されれば実際の臨床の現場でのがん治療に応用可能と考えています。

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【掲載誌】

米国癌学会発行の国際科学雑誌「Cancer Research」(米国癌学会基幹誌)

論文タイトル: Targeting epigenetic and post-transcriptional gene regulation by PSF impairs hormone therapy-refractory cancer growth 「PSFによるエピジェネティックおよび転写後の遺伝子制御を標的とすることでホルモン療法耐性がんの増殖を抑止する」
著者:高山賢一1、本間光貴2、鈴木 貴3、近藤恭光4、長田裕之4、鈴木 穣5、吉田 稔6、井上 聡 1, 7# (#責任著者)

1 東京都健康長寿医療センター 研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2理化学研究所生命機能科学研究センター制御分子設計研究チーム、3東北大学医学部 病理検査学、4理化学研究所環境資源研究センター ケミカルバイオロジー研究グループ、5東京大学大学院 新領域創成科学研究科メディカルゲノム、6理化学研究所環境資源科学研究センター ケミカルゲノミクス研究グループ、埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター

用語解説

RNA: リボ核酸の略。ゲノムの遺伝情報を細胞に伝令するための仲介役として働く。

通常RNAは成熟を受けた後に細胞で働くタンパク質の情報を伝える。

小分子化合物:有効成分である物質(化合物)が小さい薬の候補となる分子です。がん細胞を増殖させるタンパク質を標的にして細胞内に入り込んで結合します。

(問い合わせ先)

東京都健康長寿医療センター

システム加齢医学 井上 聡・高山賢一

電話 03-3964-1141 内線4314