東京都健康長寿医療センター研究所・老化機構研究チーム・システム加齢医学研究の井上聡研究部長、東浩太郎研究員(現所属は東京大学医学部附属病院老年病科講師)は埼玉医科大学の池田和博准教授らと共同研究を行い、ホルモン療法が効きにくい乳がんの特徴として、TRIM47蛋白質が多いことを発見しました。TRIM47蛋白質が多い乳がんはホルモン療法が効きにくく再発までの期間が短いことが分かりました。乳がん細胞の中では、TRIM47蛋白質がリン酸化酵素の働きを強めることをはじめて解明し、ホルモン治療薬が効きにくい原因となることを示しました。これらのことより、TRIM47蛋白質を調べることによって、乳がんのホルモン治療薬の効き易さが予測でき、一人一人の患者さんに最適な治療法の提供につながると考えられます。また、TRIM47蛋白質の働きを抑えることが乳がんの新しい治療に繋がると考えられます。本研究は、国際科学雑誌 「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」に 8 月 24 日(日本時間)に発表されます。
乳がんは女性のがんとして日本では最も患者数が多く、また世界では女性のがんの死亡原因の第一位です。日本では人口の高齢化に伴い、高齢者の乳がん患者数が増加しています。乳がんの治療においては、乳がん細胞が女性ホルモンに反応して増えるかどうかが重要であり、女性ホルモンの受け手(受容体)を持つかどうかを外科手術の際やがんの一部をとる検査の際に調べます。乳がんのうち7割程度は、ホルモン受容体を持つ乳がんであり、手術でがんを取り除くことに加えて女性ホルモンの働きを抑えるホルモン療法により治療されます。高齢者においても、脂肪組織で女性ホルモンがつくられるため、ホルモン療法は重要です。しかし、中にはホルモン療法が効きにくい場合があり、再発の原因となることが問題となっていますが、詳しいメカニズムは不明であり、これを克服する方法は見つかっていません。
今回の研究では、ホルモン療法によって治療された乳がん患者さんを対象に、免疫組織検査という手法(図1)で腫瘍の中のTRIM47(トリム・フォーティーセブン)という蛋白質の量を調べました。この結果、TRIM47の量が多い乳がんの患者さんに再発が多いことがわかり(図2)、TRIM47の蛋白質の量を調べることによりホルモン療法の効きにくさを予測できることがわかりました。また、この研究では、TRIM47が細胞の中でPKCε(プロテインキナーゼ・シー・イプシロン)およびPKD3(プロテインキナーゼ・ディー・スリー)という二種類のリン酸化酵素(キナーゼ)に結合し、壊されないようにすることにより、ホルモン療法の効きにくさにつながるNF-κB(エヌエフカッパビー)という信号が伝わりやすくなる仕組みも解明しました。乳がん細胞内のTRIM47の量を増やすと、ホルモン療法に用いる抗がん剤を入れても増殖し、一方でTRIM47の蛋白質量を減らすと、細胞の増殖が起こりにくくなることもわかりました(図3)。これらの結果より、TRIM47を減らす治療は、ホルモン療法が効きにくい乳がんの新しい治療法になりうることが推測されました(図4)。
今回の研究は、乳がん組織のTRIM47蛋白質の情報を活用することにより、有効な治療法が見つからなかった乳がん患者さんに対して、より有効で個別化した治療法の提供につながると考えられます。
(問い合わせ先) 東京都健康長寿医療センター研究所 システム加齢医学 井上 聡 電話 03-3964-1141内線 4314 |
【掲載誌】
国際科学雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」
論文タイトル: TRIM47 activates NF-κB signaling via PKCε/PKD3 stabilization and contributes to endocrine therapy resistance in breast cancer 「TRIM47はPKCε/PKD3の安定化を介してNF-κBシグナルを活性化し乳がんの内分泌療法耐性に寄与する」
著者:東 浩太郎1、池田 和博2、鈴木 貴3、青儀 健二郎4、堀江-井上 公仁子2、井上 聡1, 2# (#責任著者)
1東京都健康長寿医療センター 研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター、3東北大学医学部 病理検査学、4国立病院機構 四国がんセンター
用語解説
ホルモン療法
多くの乳がんは、女性ホルモン(エストロゲン)の働きで増えやすくなります。手術や検査で採取した乳がんを調べて、女性ホルモンの受け手(受容体)がある場合には、女性ホルモンの働きを抑える薬が治療に用いられます。これを乳がんに対するホルモン療法と呼び、手術で乳がんを取り除いた後に、ホルモン療法がおこない、再発を予防します。
TRIM47(トリム・フォーティーセブン)
TRIM47は細胞の中にある蛋白質の1つです。構造が似た蛋白質の一群が発見されており、それらをまとめてTRIM(トリム)ファミリーと呼ばれます。TRIMファミリーの蛋白質は、がんだけでなく、ウイルスなどの外的から体を守る免疫作用など多くの生命現象にかかわっています。TRIM47は肺がん、大腸がんなどでもがんを促進していると報告されていますが、乳がんでの働きはこれまであまりよくわかっていませんでした。
免疫組織検査
体の中の組織(細胞の集まり)に存在する特定の蛋白質を、その蛋白質とのみ結合する抗体を用いて検出する方法です。酵素反応で色が出る方法を組み合わせて、蛋白質が存在するかどうか、またどのくらい多くあるかを評価します。
リン酸化酵素
特定の蛋白質にリン酸基をくっつける働きをする蛋白質をリン酸化酵素と呼び、「キナーゼ」とも呼ばれます。蛋白質がリン酸化を受けると働きが変化する場合が多く、細胞の中で、信号を伝える時に利用されます。
NF-κB(エヌエフカッパビー)シグナル
細胞の中には、信号を蛋白質から別の蛋白質に次々と伝える仕組みがあります。その仕組みの一つがNF-κBシグナルです。信号の伝達は、リン酸化による蛋白質の活性化により担われることが多く、リン酸化酵素(キナーゼ)が重要な役割を果たします。乳がんにおいて、NF-κBシグナルは、ホルモン療法の効きにくさに関わることが知られており、「がん悪性化信号」であると考えられています。
PKCε(プロテインキナーゼ・シー・イプシロン)
PKCεは、リン酸化酵素(キナーゼ)の一種です。NF-κBシグナル(がん悪性化信号)を活性化する作用が知られています。PKD3という別のリン酸化酵素をリン酸化することが知られています。今回の研究では、PKCεはTRIM47にくっついて、壊されにくくなることがわかりました。
PKD3(プロテインキナーゼ・ディー・スリー)
PKD3は、リン酸化酵素(キナーゼ)の一種です。この蛋白質もNF-κBシグナル(がん悪性化信号)を活性化する作用が知られています。PKD3はPKCεによりリン酸化され、活性化されることが知られています。今回の研究では、PKD3もTRIM47にくっついて、壊されにくくなることがわかりました。