東京都健康長寿医療センター研究所の藤田泰典研究員と大澤郁朗研究副部長らは、ヒト線維芽細胞が複製老化に至る過程では、ミトコンドリア機能は維持され、活性酸素種の過剰産生も起こらないことを明らかにしました。複製老化は細胞老化の一形態です。これまでに提唱されてきた複製老化メカニズムでは、ミトコンドリア機能異常とこれに伴う活性酸素種の上昇がトリガーとして考えられて来ましたが、その再考を促す重要な知見であると考えています。この研究成果は、本年6月、国際科学雑誌「Experimental Gerontology」に掲載されました。
私たちの体を構成する細胞(体細胞)は分裂できる回数に限りがあり、やがて増殖する能力を失います。1961年に発見されたヘイフリック限界です。細胞が分裂限界を迎え、不可逆的に分裂を停止した状態を複製老化と呼びます。複製老化のメカニズムとしてミトコンドリア機能異常による活性酸素種の過剰産生が関与しているとするモデルが従来から提唱されてきました。しかし、因果関係は未だ明らかにされていません。そこで本研究では、細胞分裂速度の低下開始前後から分裂が停止するまでの複製老化過程におけるミトコンドリア機能と活性酸素種の変動を解析することにより、従来モデルの整合性について検証しました。
分裂速度が低下している複製老化直前のヒト線維芽細胞では、呼吸活性などのミトコンドリア機能はまだ低下しておらず、スーパーオキサイドなどの活性酸素種も増大していないことが分かりました。さらにミトコンドリア機能異常があると活性化される統合ストレス応答経路は抑制されており、異常ミトコンドリアを分解・除去する機構に関わる一連のタンパク質群が減少していました。一方、ミトコンドリアは変化してより細長くなり、老化細胞に特徴的な形態を示していました。従来のモデルでは、ミトコンドリアの機能異常によって過剰に産生された活性酸素種が核DNA損傷を増大させることで複製老化を引き起こすと考えられてきました。しかし、本研究はミトコンドリア機能異常と活性酸素種の増加は複製老化完了後に起こり、これらが複製老化の開始から複製老化完了までのプロセスに関与しない可能性を示しています(図)。
細胞老化はその成り立ちからストレスによる早期細胞老化と本研究の複製老化の2つに分類することができます。老化細胞が蓄積する高齢者では、ミトコンドリア機能異常と活性酸素種による酸化ストレスの蓄積が観察され、老化との関係が注目されてきました。実際、ミトコンドリア機能異常と過剰な活性酸素は早期老化をもたらす主要なストレスです。しかし、今回の研究成果から、ミトコンドリア機能異常は複製老化の原因ではなく、結果である可能性が導かれ、新たな細胞老化モデルの構築と検証が必要であることが分かりました。この成果は、私たちがなぜ老いるのかという老化メカニズムの根本的解明に寄与するものです。
掲載雑誌
Experimental Gerontology
論文名(日本語)
ヒト線維芽細胞の複製老化過程におけるミトコンドリア機能と活性酸素種産生の経時的変化
著者名(英語)
Yasunori Fujita, Masumi Iketani, Masafumi Ito, Ikuroh Ohsawa* (*責任著者)
著者名(日本語)
藤田泰典、池谷真澄、伊藤雅史、大澤郁朗* (*責任著者)
URL
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0531556522001747?via%3Dihub
線維芽細胞
体を構成する細胞の一種であり、細胞や組織の間をつなぐコラーゲンなどの細胞外分子を産生します。線維芽細胞は細胞分裂によって増殖することができ、複製老化の研究でもよく使用されています。
細胞老化
細胞の分裂が不可逆的に停止した状態を細胞老化と呼びます。細胞老化はその原因によって大きく複製老化と早期細胞老化に分けられます。
複製老化
ヘイフリック限界によって細胞分裂が不可逆的に停止した状態を複製老化といいます。細胞を長期間培養して複製老化させた細胞は、分裂細胞の老化モデルとして古くから老化研究に用いられています。
ヘイフリック限界
細胞は分裂を繰り返して増殖しますが、無限に増殖できるわけではなく、分裂の回数に限界があります。これをヘイフリック限界と言います。1961年にヘイフリックらによって発見されました。
ミトコンドリア
細胞の働きに必要なエネルギー源を産生する細胞内小器官です。ミトコンドリアは、エネルギー源であるアデノシン三リン(ATP)をつくる過程で僅かながら活性酸素種も産生します。ミトコンドリアの機能に異常が生じると、ATPの産生が低下するだけでなく、活性酸素種が過剰に産生されます。
活性酸素種
酸素分子からできる反応性の高い分子のことを活性酸素種と呼びます。酸素分子に電子が余分に1個加わったスーパーオキサイドをはじめ、数種類の活性酸素種が存在します。過剰に産生された活性酸素種は、DNA、タンパク質、脂質などの生体成分と反応し、傷害を与えてしまいます。一方で、少量の活性酸素種は細胞の働きに必要であることも知られています。
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