<プレスリリース>「RNA分解酵素を標的とした新しいがんの治療法の開発」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター老化機構研究チームシステム加齢医学研究の井上聡研究部長、高山賢一専門副部長は東京大学医学部附属病院泌尿器科と共同研究を行いホルモン療法が効かなくなった前立腺がんに対する新しい治療法としてRNA分解酵素を標的とした薬剤が有効であることを発見しました。ここで見つけた新しい治療法はがん細胞においてRNAを分解するRNASEH2という酵素を標的とする革新的な作用機序に基づいており、今後のがんの治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、米国癌学会発行の国際科学雑誌「Cancer Research Communications」に日本時間の 8月10日に発表されます。

研究の背景

私たちの体の中にある細胞は、それぞれ一つずつ細胞核を持っていて、その細胞核には遺伝情報を記録しておくDNA が折りたたまれて入っています。「悪いがんがなぜ発生するか?」という問題について近年の研究結果より細胞の核内において細胞が増殖する際のDNAの記録ミスが起きた時に修復をするタンパク質の働きが弱まっていることが原因であるとわかりました。正常な細胞のように修復できないため細胞増殖のブレーキが外れたりすることによりがんが発生すると考えられています。そのようなDNAの正常な働きを妨げる機序の一つとしてDNAにRNAが結合することが知られています。一般にDNAは「鎖」状に繋がったものですが、2重らせんと言われるように2本の同じ配列の鎖がペアになって結合しています(図1A)。生体内ではDNAからRNAが作成され遺伝情報の伝達役として機能しています。しかしこのRNAの鎖がDNAに結合してしまうミスが起きることがあります。そのためDNAのもう一方の鎖はループ状に飛び出した「Rループ」と言われる構造を形成しDNAの修復や増幅を阻害しDNAの安定性を損ないます。このようなDNAに結合したRNAは分解し除去する必要があります(図1B)。

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研究成果の概要

前立腺がんは欧米およびわが国において男性がかかるがん種として最も患者数が多く、国内では死亡者数が年間1万人を超え、健康長寿を損ねることで有名です。このがんに対しては男性ホルモン作用を抑えるホルモン療法や抗がん剤を用いた化学療法を行いますが、やがて薬剤が効かなくなり、再発、難治化して死に至ることが大きな課題です。研究チームでは治療抵抗性になったがん組織において発現が上昇する因子をシステマティックに探索、研究した結果DNAに結合したRNAのみを除去するRNASEH2という酵素(図1)の一員であるRNASEH2Aが治療抵抗性のがん組織で特に上昇することを見出しました。興味深いことに治療抵抗性になった前立腺がん組織ではRループががん組織に蓄積する一方でRNASEH2を活性化しDNAヘの損傷を回避し治療抵抗性を獲得していることを発見しました(図2)。特に、研究チームでは蓄積された小分子群の知見の中からRNASEH2を阻害する分子を2つ抽出しました。この小分子をがん治療薬として新たに応用することでRNASEH2が活性化しているホルモン療法の効かないがん細胞の増殖や前臨床段階の動物内での腫瘍の増殖を抑える顕著な効果があることを明らかにしました(図3)。

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研究の意義

今回の治療薬候補分子の同定によりホルモン療法が効かなくなった前立腺がんに対する革新的な治療法の開発につながる可能性があります。最近、治療抵抗性のがんに対してDNAの修復系を標的とした薬剤が実際の治療に使用され新規の治療法として有効であることが知られつつあります。特に、この薬剤候補はRNA分解酵素というこれまでにない種類の分子を標的とした薬剤となるため従来の薬剤では効果のないがんに対する画期的な治療法の確立に寄与することも考えられます。

掲載誌

米国癌学会発行の国際科学雑誌「Cancer Research Communications」(米国癌学会からの新しいジャーナル)

論文タイトル: Ribonuclease H2 subunit A preserves genomic integrity and promotes prostate cancer progression 「RNA分解酵素H2サブユニットAはゲノムの安定性を保持することで前立腺がんの進行を促進する」
著者:木村直樹1,2#、高山賢一1#、山田雄太2、久米春喜2、藤村哲也3、井上 聡1,4*(#:共同第一著者、*:責任著者)

1東京都健康長寿医療センター 研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2東京大学医学部附属病院泌尿器科、3自治医科大学 腎泌尿器外科学講座、4埼玉医科大学医学部 ゲノム応用医学部門

用語解説

RNA: リボ核酸の略。DNAの遺伝情報を元に作成され細胞核外に伝令するための仲介役として働く。

プレス資料

(問い合わせ先)

東京都健康長寿医療センター
システム加齢医学 井上 聡・高山賢一
電話 03-3964-1141 内線4314