東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太研究員をはじめとする研究グループは、高齢者における客観的測定による聴力と主観的な耳の聞こえの乖離の程度を検討し、客観的測定では中等度以上の難聴と判定されるにもかかわらず、耳の聞こえには問題がないと回答するような高齢者では身体・認知機能が低い傾向にあることを明らかにしました。この研究成果は、国際雑誌「Archives of Gerontology and Geriatrics」(9月16日付)に掲載されました。
客観的測定から判定される加齢性難聴および主観評価での難聴(すなわち自己報告での難聴の訴え)の両者は、高齢者の健康に悪影響を及ぼすことがこれまでの研究から報告されてきました。しかしながら、この両者の乖離が何を示しているかについては明らかではありませんでした。そこで我々の研究チームでは、2013年に板橋区で行った健康調査「お達者健診(代表:大渕修一研究部長)」に参加した696名の高齢者のデータを解析し、これを明らかにすることとしました。
客観的難聴はオージオメータを用いて測定し、1 kHzと4kHzでの平均聴力レベルから正常聴力者、軽度難聴者、中等度以上の難聴者を定義しました。主観的難聴については、「耳は聞こえにくいですか」という質問に「はい」と回答した方を主観的難聴者と定義しました。合わせて、歩行機能、認知機能、抑うつ傾向(SDS)の測定を行いました。
研究の結果、63.5% の軽度難聴者、22.2% の中等度以上の難聴者には主観的難聴が認められませんでした。客観的な難聴レベルが上がるにつれ、歩行機能と認知機能レベルは低くなる傾向が確認されましたが、中等度以上の難聴者では、主観的に難聴を感じている者に比べ、感じていない者に比べて統計学的に有意に低い歩行機能と認知機能が認められました。また、主観的難聴者では、実際の聴力(客観的測定に基づく聴力)にかかわらず抑うつ傾向が高いことが明らかとなりました。
結果の一例:(左)中等度以上難聴者で主観的に難聴を感じていない者は特にMMSE(全般的な認知機能を測定するテストで高いほど全般的な認知機能が高いことを示す)得点が低い。
(右)難聴の程度によらず、主観的難聴者ほどSDS(抑うつのスケールで値が高いほど抑うつ傾向が高いことを示す)得点が高い。
個人によっては聴力検査から定義される難聴と自身が感じている難聴の程度には乖離が生じており、その乖離が心身機能レベルを反映しているとともに、主観的な難聴の訴えが特異的に示す心の変化がある可能性が示されました。ここから健診などにおいては、両者の測定がその方の健康レベルを把握する上で有効であると考えられます。
国際科学雑誌「Archives of Gerontology and Geriatrics」(2022年9月16日)
Cognitive, physical, and mental profiles of older adults with misplaced self-evaluation of hearing loss
(自己難聴評価が不正確な高齢者の認知、身体、精神的特徴)
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