老化に伴い生じる心臓組織糖鎖の時空間的変化とその局在に関して「Regenerative Therapy」に発表しました。

 老年病態研究チーム(心血管老化再生医学テーマ)の板倉陽子研究員、豊田雅士研究副部長らは北里大学、東京薬科大学、産業技術総合研究所と共同で、加齢に伴い生じる心臓組織糖鎖の変化が心臓の領域に応じて異なることを国際学術誌「Regenerative Therapy」に発表しました。

論文情報

Spatiotemporal changes of tissue glycans depending on localization in cardiac aging.
「心臓の老化に伴う組織糖鎖の時空間的な変化は局所依存的に生じている」

Itakura Y1, Hasegawa Y2, Kikkawa Y1,3, Murakami Y1,4, Sugiura K1,3, Nagai-Okatani C5, Sasaki N1, Umemura M4, Takahashi Y4, Kimura T3, Kuno A5, Ishiwata T2, Toyoda M1.
(板倉陽子1、長谷川康子2、吉川友里香1,3、村上維菜1,4、杉浦功祐1,3、岡谷千晶5、佐々木紀彦1、梅村真理子4、高橋勇二4、木村透3、久野敦5、石渡俊行2、豊田雅士1)

1.老年病態研究チーム 心血管老化再生医学
2.老年病理学研究チーム 高齢者がん
3.北里大学 理学部 生物科学科 幹細胞学講座
4.東京薬科大学 生命科学部 応用生命科学科 環境応用動物学研究室
5.産業技術総合研究所 細胞分子工学研究部門 分子細胞マルチオミクス研究グループ

発表雑誌

「Regenerative Therapy」(2023年1月7日電子版、22号68-78ページに掲載)
 https://doi.org/10.1016/j.reth.2022.12.009

論文概要

 本論文は、誰にでも加齢に伴う機能低下が生じうる中で、生涯働き続ける心臓の組織変化を把握するため、世代の異なる健常なマウスの心臓糖鎖に焦点を当てヒトの心疾患が生じやすい領域を比較し、時間的ならびに空間的に生じる糖鎖の変化について解析しました。その結果、以下のことが明らかとなりました。

① 糖鎖のプロファイルは左室壁側と心臓内部の乳頭筋や心室中隔側で異なり、左室壁側ではO結合型糖鎖が、内部側ではシアル酸やマンノースが多く存在していた(図1)。
② 糖鎖は加齢に伴い左室壁側と心臓の内部側のそれぞれの領域に応じて変化していた(図2)。
③ 細胞の大きさは変わらないが細胞膜の状態や糖鎖の種類が変化していた(図3)。
④ αガラクトースと呼ばれる(マウス特異的に血管内皮細胞に存在する)糖鎖で示される毛細血管は心臓の左室壁側と内部側で異なる速度で減少していた(図4)。
⑤ 加齢で見られる各領域の糖鎖の動態はいずれも小さな変化であった。

以上の結果は、心臓という臓器の中で、糖鎖のような分子の存在とその変化には局在が存在しており、加齢と共に局在に応じて異なる速度で変化していることを示唆しました。今回焦点を当てた心臓の領域は、ヒトにおいて心筋梗塞や弁膜症など疾患の生じやすい領域を反映しています。よって、糖鎖が示す毛細血管の変化に局在が存在すること、またその変化の速度が異なることはヒトにおける疾患発症との関連性を推測する新たな情報であることを示唆しています。一方で、これまでに筆者らが解析してきた皮膚などの細胞表層糖鎖の加齢変化と比較すると心臓におけるそれらの変化は非常に小さいことから、臓器(組織)に応じて異なる加齢変化が生じていることが推察されます。
今後は、変化の生じる糖鎖の機能的役割を明らかにすると同時に、ヒトとマウスにおける糖鎖変化の相関および疾患との関連性について明らかにすることを目指します。

*1 シアル酸、マンノース、ガラクトース:糖鎖を構成する単糖の一種。多くの細胞では様々に連なった糖鎖を付加したタンパク質や脂質を有している。
*2 O結合型糖鎖:特定のアミノ酸(セリン/スレオニン)に結合した糖鎖構造の一種。
*3 レクチンマイクロアレイ法:糖鎖を認識して結合するタンパク質(レクチン)を複数種固定したスライドガラス上で、蛍光標識した試料を検出する手法。

1.png
 図1 レクチンマイクロアレイ法により検出した若いマウス(2カ月齢)の糖鎖プロファイルの主成分解析結果。左図)左側の白丸は左室壁側、黒丸は乳頭筋および心室中隔を示している。右側は糖鎖変化を表すレクチンの種類。右図)点線内を拡大した図。マンノースに結合するレクチン(NPA、ConA、Calsepa、UDA)、シアル酸に結合するレクチン(SNA、SSA、TJG-I、ACG、WGA、STL、LEL)

2.png

 図2 レクチンマイクロアレイ解析によるマウス3世代の加齢変化。左側の赤丸は内部領域を、青丸は左室壁領域を示している。色の濃いほど加齢したマウスの結果を示している。右側は糖鎖変化を表すレクチンの種類。若いマウスではαガラクトースに結合するGSLI-B4が、老齢マウスではラクトースに結合するECAが検出された。

3.png

 図3 組織切片をレクチンにより染色して観察した。細胞膜を染めるWGA染色では老齢マウスにおいて細胞膜の断続的な輪郭や広がっている部分がみられる。
 一方、ECAによる染色では糖鎖プロファイルの結果同様に老齢マウスで染色の増加が確認された。細胞の大きさには変化が存在しなかった。

内部側                     左室壁側

4.png   5.png

 図4 GSL-IB4により検出された毛細血管の内皮細胞の心臓における変化。いずれも有意な差ではないが異なる時期に減少傾向にあることが示唆された。