<プレスリリース>「神経核内封入体病における脳脊髄液バイオマーカー変化」 について米国神経学会機関紙「Neurology」へ発表」

研究の背景・目的

 認知症は高齢化社会における重要な課題で、原因としてアルツハイマー病 (注1)、レビー小体型認知症など様々な疾患が知られます。近年はアルツハイマー病、レビー小体型認知症などの診断において脳脊髄液バイオマーカー (注2) が用いられることがあり、病気の原因・自然経過などの知見も得られてきました。当センターの認知症未来社会創造センター (IRIDE) では膨大な臨床データと血液・脳脊髄液などのバイオバンク事業を統合することで更なる認知症の課題解決を目指しています。

神経核内封入体病 (注3) は認知症、末梢神経障害など様々な神経症状の原因となる疾患で、近年診断技術の進歩により高齢者を中心に診断される患者数が増加しています。しかし神経核内封入体病ではこれまで脳脊髄液バイオマーカーの報告はありませんでした。そこでこれまでに当センターで測定した脳脊髄液バイオマーカー結果の中で神経核内封入体病患者さんの結果に着目し検討を行いました。

研究成果の概要

 2022 年 12 月 14 日 (現地時間) にオンラインで公開された米国神経学会の機関紙である Neurology® に掲載された研究によると、神経核内封入体病患者さんの脳脊髄液中では、これまでアルツハイマー病に特異的と考えられていたリン酸化タウ (注4) が有意に増加していました。しかしアルツハイマー病とは異なり脳脊髄液中のアミロイドβは低下していませんでした。他の認知症の原因疾患と比較しても、このアミロイドβ正常でリン酸化タウ増加という結果は神経核内封入病に特徴的でした。また脳内で重要な働きを持つ神経伝達物質であるドーパミン・セロトニンのそれぞれ代謝産物であるホモバニリン酸 (HVA) (注5)、5-ハイドロキシインドール酢酸 (5-HIAA) (注6) も神経核内封入体病患者さんでは増加していました。

研究の意義

 本研究成果は神経核内封入体病の病態理解に役立つとともに、アルツハイマー病・レビー小体型認知症など他疾患での脳脊髄液バイオマーカーの意義を考える上でも今後役立つ可能性があります。

論文情報

"CSF P-Tau181 and Other Biomarkers in Patients With Neuronal Intranuclear Inclusion Disease"
「神経核内封入体病患者における脳脊髄液リン酸化タウ (p-tau181) 及び他のバイオマーカー」
筆頭著者:脳神経内科 医員 栗原 正典
責任著者:脳神経内科 部長/IRIDE メディカルゲノム・バイオマーカーチーム 岩田 淳
掲載紙:米国神経学会機関紙「Neurology」
URL:https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000201647

用語解説

注1) アルツハイマー病
認知症の原因として最も多い疾患で、脳内にタウとアミロイドβというタンパク質の異常な蓄積を認めることを特徴とする疾患です。最近のことをすぐに忘れてしまうのが典型的な症状です。症状はない時点から脳内の変化は生じており,その後もの忘れはあるが日常生活に支障のない軽度認知障害期を経て,日常生活に支障を来たす認知症へと進行します。最近ではこの症状のない時期から認知症の時期まで含めて"アルツハイマー病"と呼びます。症状と一般的な画像検査のみで診断すると3割程度は他の疾患が含まれてしまうことが知られており,正しい診断には脳脊髄液などのバイオマーカーが有用です。

注2) 脳脊髄液バイオマーカー
脳脊髄液とは脳や脊髄のまわりにある無色透明の液体です。検査をする際には神経が最も少ない腰から細い針を刺して液体を採取します。脳は直接とって調べることが難しい臓器ですが、この脳と直接接している脳脊髄液を調べることで脳神経系の状態を把握するのに役立ちます。バイオマーカーとはある疾患の有無や状態を反映する指標で、血液や脳脊髄液などの体液ではタンパク質などの測定値が用いられます。

注3) 神経核内封入体病
脳・脊髄・末梢神経など神経系や全身の細胞の核の中に封入体という異物を認めることを特徴とする神経疾患で、認知症・末梢神経障害など様々な症状を認めます。今のところ治療法がなく徐々に症状が進行する神経難病です。もともとは生きている間には診断が難しい病気でしたが、本邦から特徴的な頭部画像所見の存在や正常な皮膚をとって調べることでこの封入体が確認できることが報告されて以降、高齢者を中心に診断される患者数が急増しています。また原因としては本邦からNOTCH2NLCという遺伝子にCGGという繰り返し配列 (リピート) が増えていることが報告され、この変異は日本や中国などの東アジアの国で多数報告されています。一方で核内封入体やこの遺伝子異常がどのように病気と関連しているかは不明な点も多く残されています。

注4) リン酸化タウ
タウは神経細胞に多く見られるタンパク質です。アルツハイマー病など脳内にタウの異常な蓄積を認める疾患では、リン酸化といってタンパク質に修飾がついていることが知られます。タウはリン酸化や複数のタンパク質が集まることで毒性を発揮すると考えられています。アルツハイマー病では脳脊髄液中のリン酸化タウが増加しており診断に有用であり、この脳脊髄液リン酸化タウの測定は保険適応にもなっています。アルツハイマー病と他の認知症の原因疾患との鑑別に有用であることは世界中から報告されてきましたが、これまでに神経核内封入体病患者さんでの検討はありませんでした。

注5) ドーパミン・ホモバニリン酸 (HVA)
ドーパミンは脳内で重要な働きを持つ神経伝達物質で、運動・認知機能・意欲などに関わります。体内で作られたドーパミンは最終的に酵素の働きによりHVAなどの代謝産物となり体外に排泄されます。ドーパミン自体は不安定で測定が難しいことからHVAなどの代謝産物がバイオマーカーとして用いられます。パーキンソン病やレビー小体型認知症では脳内のドーパミン量が少なくなることから、脳脊髄液中のHVAが低下することが知られます。

注6) セロトニン・5-ハイドロキシインドール酢酸 (5-HIAA)
セロトニンは脳内で重要な働きを持つ神経伝達物質で、気分などに関わります。体内で作られたセロトニンは最終的に酵素の働きにより5-HIAAなどの代謝産物となり体外に排泄されます。セロトニン自体は不安定で測定が難しいことから5-HIAAなどの代謝産物がバイオマーカーとして用いられます。レビー小体型認知症などでは脳内のセロトニン量が少なくなることから、脳脊髄液中の5-HIAAが低下することが知られます。

プレス資料

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター 脳神経内科 医員 栗原正典
電話 03-3964-1141(代)Email: masanori_kurihara@tmghig.jp