<プレスリリース>「糖尿病性認知症に特徴的な血中タンパク質糖鎖を発見」

発表内容の概要

 タンパク質の翻訳後修飾である糖鎖修飾は、老化や病気など健康状態の変化を反映して構造が変わり、がんなど様々な疾患のバイオマーカー(指標)となることが知られている。また、血中タンパク質のほとんどが糖鎖修飾をもっていることから、血液を用いて糖尿病性認知症のバイオマーカー候補となる糖鎖修飾を探索することは有用であると考えられる。
 そこで本研究では、血中タンパク質を消化酵素(タンパク質分解酵素)によってペプチドにした検体について、液体クロマトグラフィー質量分析装置(LC-MS)と多変量解析(OPLS)を用いて分析し、認知機能の低下によって変化する血中タンパク質由来の糖ペプチド(糖鎖修飾を持つペプチド)を探索した。縦断調査(同じ人に対して数年毎に追跡調査する)に参加した人で、糖尿病に罹患していて認知機能が低下した人の認知機能低下前と低下後の血液を比較したところ、認知機能の低下によってクラスタリン、α2マクログロブリン、ハプトグロビン由来糖ペプチドの高分岐(3から4分岐)でシアル酸を含む糖鎖が減少し、逆にトランスフェリン由来糖ペプチドの3分岐で3シアル酸を含む糖鎖が増加することを明らかにした。これらの特徴的な糖ペプチドは、糖尿病性認知症のバイオマーカー候補となる可能性があると考えられ、今後、多検体で検証していく。

研究目的

 糖尿病は、認知症の発症リスクを高めることが知られており、糖尿病予備軍でもそのリスクが高いことが報告されている。従って糖尿病性認知症の予防には、糖尿病の重症化を防ぐだけでなく認知機能の低下を早期に発見し、適切な介入・治療に繋げることが必要である。そのためには血液から検出できるバイオマーカーを用いることが、患者に対する負担も少なく効率が良いと考えられるが、これまでのバイオマーカー探索研究は、個人差によるばらつきが大きいなど問題があった。そこで本研究では個人差を低減するため長期縦断調査を用いて、糖尿病性認知機能低下のバイオマーカー候補となる糖ペプチドを探索することを目的とした。

研究成果の概要

 3年毎に調査を行っている長期縦断調査(SONIC: Septuagenarians, Octogenarians, Nonagenarians Investigation with Centenarians)と連携し、ヘモグロビンA1c(糖尿病の指標)と認知機能検査のスコア(MoCA-J: the Japanese version of the Montreal Cognitive Assessment)を基に解析対象者を抽出した。LC-MSとOPLSを組み合わせた独自の糖ペプチド解析法(グライコプロテオミクス)を構築し、高分岐でシアル酸を含む糖鎖を持つ特定の糖ペプチドが糖尿病性の認知機能低下に特徴的であることを明らかにした。

研究の意義

 糖尿病は日本だけでなく世界中で患者が増加しており、腎症を初めとした様々な合併症を引き起こすことから最も予後の悪い疾患の1つである。糖尿病合併症としての認知症は、患者とその家族の生活の質(QOL)をさらに低下させるため、早期に発見することが求められている。本研究は、様々な制約の多い認知機能検査に代わり、血液検査で調べることのできるバイオマーカーを探索しており、本研究成果を基に糖尿病性認知機能低下のバイオマーカーが策定できれば、糖尿病患者とその家族に光明をもたらすものと期待される。

【掲載誌】
 本研究は、国際科学雑誌Biochimica et Biophysica Acta -General Subjects-に掲載予定。
 Biochim. Biophys. Acta, -General Subjects, 1867, 130318, (2023)
 doi: 10.1016/j.bbagen.2023.130316. Online ahead of print.

【掲載論文の英文表題・著者とその和訳】
 A characteristic N-glycopeptide signature associated with diabetic cognitive impairment identified in a longitudinal cohort study
 Yuri Miura, Hiroki Tsumoto, Yukie Masui, Hiroki Inagaki, Madoka Ogawa, Yuta Ideno, Kyojiro Kawakami, Keitaro Umezawa, Mai Kabayama, Yuya Akagi, Hiroshi Akasaka, Koichi Yamamoto, Hiromi  Rakugi, Tatsuro Ishizaki, Yasumichi Arai, Kazunori Ikebe, Kei Kamide, Yasuyuki Gondo, Tamao Endo

「縦断コホート研究において同定された糖尿病性認知機能低下に特徴的なN-結合型糖ペプチド」
 三浦 ゆり、津元 裕樹、増井 幸恵、稲垣 宏樹、小川まどか、井出野 佑太、川上 恭司郎、梅澤 啓太郎、樺山 舞、
 赤木 優也、赤坂 憲、山本 浩一、楽木 宏美、石﨑 達郎、新井 康通、池邉 一典、神出 計、権藤 恭之、遠藤 玉夫

【掲載論文の要旨】
<背景>
 糖尿病患者における認知機能低下のバイオマーカーを同定することは重要である。そこで本研究は、グライコプロテオミクスを用いて、縦断調査参加者の検体から糖尿病性認知機能低下に関連する血漿タンパク質由来N-型糖ペプチドを、同定することを目的とした。
<方法>
 3年毎に調査を行っているSONIC縦断コホート研究 (Septuagenarians, Octogenarians, Nonagenarians Investigation with Centenarians:一般高齢者コホート)の検体を用いた。まず、糖尿病で、6年間に認知機能低下が認められるグループと認められないグループを抽出した。次に、初回調査(認知機能低下前)と6年後追跡調査(認知機能低下後)の血漿タンパク質を、蛍光標識二次元ディファレンスゲル電気泳動解析を用いて比較した。最後に、着目したタンパク質について、糖ペプチド濃縮法と液体クロマトグラフィータンデム型質量分析測定を組み合わせたグライコプロテオミクスを行った。
<結果>
 それぞれのサンプルから18種類のタンパク質由来の約500N-型糖ペプチドを同定、定量し、その中から多変量解析を用いて糖尿病性認知機能低下に特徴的な糖ペプチドを明らかにした。34分岐でシアル酸含有糖鎖を持つα2-マクログロブリン、クラスタリン、パラオキソナーゼ/アリルエステラーゼ1、ハプトグロビン由来糖ペプチドが減少し、一方、3分岐3シアル酸含有糖鎖を持つトランスフェリン由来糖ペプチドが増加することを見出した。
結論>
 
糖尿病性認知機能低下には、高分岐でシアル酸を含む糖鎖をもつ糖ペプチドが特徴的であることが明らかになった。

【共同研究チーム】
 東京都健康長寿医療センター研究所
 SONIC (Septuagenarians, Octogenarians, Nonagenarians Investigation with Centenarians:東京都健康長寿医療センター研究所、大阪大学、慶応大学の共同研究 代表:石崎 達郎 東京都健康長寿医療セン 
 ター研究所 研究部長)

プレス資料

本研究に関するお問い合わせ先

東京都健康長寿医療センター
老化機構研究チーム・プロテオーム 三浦ゆり
電話 03-3964-3241 内線4409
Email: miura@center.tmig.or.jp