東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美研究部長らの研究グループでは、皮膚へのやさしい刺激が脊髄のオピオイド受容体を活性化し、痛みを引き起こすような刺激の情報伝達を妨げることをこれまでに明らかにしてきました。今回、NHK特集番組「東洋医学ホントのチカラ」において、慢性的な肩こりを有する人を対象におこなった調査のデータを解析し、皮膚へのやさしい刺激が首・肩回りの痛みや不快感をやわらげるとともに、首や肩が動く範囲を増加させることを明らかにしました。皮膚への刺激には、触れたなどの感覚を生じさせる以外にも、筋肉などの深部組織の慢性的な痛みを緩和する役割があることを示す発見です。この成果は日本生理学会の国際誌Journal of Physiological Sciencesに掲載されました。
皮膚への刺激は、触れた、痛いなどの感覚を生じさせるほか、内臓機能や鎮痛などの生理機能を変化させます。これまで、痛みを起こすような強い刺激(侵害刺激)の影響に関して主に研究が進められてきましたが、手をあてがうようなやさしい刺激についてはあまり注目されていませんでした。当研究グループでは、手指での刺激を模倣するために、日本の小児鍼にヒントを得て開発されたマイクロコーンと呼ばれる細かいブラシがついた器具を用いて皮膚へのやさしい刺激の作用を調べたところ、刺激により脊髄のオピオイド受容体が活性化することで侵害刺激の情報伝達を妨げることを見出しました。首の痛みの治療に用いられている鍼や電気刺激の作用にもオピオイド受容体が関わることから、マイクロコーンを用いた皮膚刺激が肩こりの症状を緩和させると予想しました。
NHK特集番組「東洋医学ホントのチカラ 健康の大問題解決SP」(2022年1月放送)において、慢性的な肩こりを有する人(12名)を対象におこなった調査のデータを解析しました。データには、首・肩回りの痛みや不快感、動かしにくさについて視覚的アナログスケール(0から10の間で評価)で計測した主観的なデータと、首や肩関節、肩甲帯の動き(計12種類)の可動範囲を理学療法士が計測した客観的なデータを含みます。参加者は首こりを感じる部位にマイクロコーンを絆創膏で貼り付けるセルフケアを2週間おこないました。セルフケア開始前には医師が触診し、マイクロコーンの貼付部位を指導しました。セルフケア前の痛みは平均6.9/10でしたが、2週間のセルフケア後は平均2.3/10まで低下しました。不快感、動かしにくさのスコアも同様に低下しました。12種類の動きのうち、8種類でセルフケア後に可動範囲が増加しました。一方、皮膚のかぶれなどの異常は認められませんでした。
本研究の結果は、皮膚への刺激には触れたなどの感覚を生じさせる以外にも、筋肉などの深部組織の慢性的な痛みを緩和する役割があることを意味します。さらに、マイクロコーンを用いた皮膚へのやさしい刺激は、肩こりに対する安全かつ有効なセルフケア方法になる可能性が考えられます。
【掲載誌】
日本生理学会の国際ジャーナル 「The Journal of Physiological Sciences」(オンライン掲載 3月29日)
【掲載論文の英文表題とその和訳】
Effects of gentle mechanical skin stimulation on subjective symptoms and joint range of motions in people with chronic neck and shoulder discomfort
(慢性的な肩こりを抱える人の主観的症状および関節可動域に対する軽微な機械的皮膚刺激の効果)
https://doi.org/10.1186/s12576-023-00862-8
【掲載論文の著者】
Nobuhiro Watanabe(渡辺信博), Marina Nara(奈良毬那), Shihoko Suzuki(鈴木志穂子), Masamitsu Sugie(杉江正光), Takao Yamamoto(山本高穂), Harumi Hotta*(堀田晴美)
(*責任著者)
【掲載論文の要旨】
本研究は慢性的な肩こりに対する軽微な機械的皮膚刺激を用いた2週間のセルフケアの効果を検証することを目的とした。慢性肩こりを抱える参加者(12名)において、視覚的アナログスケール(VAS, 0~10)を用いて痛みの感覚、不快感および動かしにくさの主観的な尺度と、デジタルゴニオメーターを用いた頸肩部の12種類の関節可動域(ROM)の客観的な尺度を、マイクロコーンと呼ばれる接触鍼を用いたセルフケア前後で収集した。2週間のセルフケアにより、すべてのVASスコアがベースライン時のスコア6.0~7.4から2.2~2.3まで有意に低下した(p < 0.001)。計測した12種類のROMのうち、8種類で有意に増加した(p < 0.013)。この非盲検試験は、マイクロコーンを用いたセルフケアが慢性肩こりを抱える人の主観的症状および関節可動域の改善に有用であることを示唆する。しかしながら、マイクロコーンの効果および安全性をさらに検証するために無作為化二重盲検対照試験をおこなう必要がある。
【共同研究チーム】
東京都健康長寿医療センター研究所 老化脳神経科学研究チーム 自律神経機能研究
堀田晴美研究部長、渡辺信博研究員
日本健康寿命延伸協会
奈良毬那氏
NHK(日本放送協会)
鈴木志穂子 ディレクター、山本高穂 チーフ・ディレクター
おおやま健幸の街クリニック、東京都健康長寿医療センター研究所 高齢者健康増進事業支援室
杉江正光博士
別紙・図
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