<プレスリリース>「老化による筋力低下に、交感神経が関わることを発見」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美研究部長らの研究グループでは、ラット後肢の筋力の維持には、筋収縮をきっかけとした交感神経の反射性活動が寄与することを最近明らかにしました。今回、筋収縮と交感神経の間のこのフィードバック機構が、老化によって低下する可能性を調べたところ、老化ラットでは筋力における交感神経の寄与の程度が、予想通り、若いラットよりも少なくなっていることがわかりました。その一方で、老化ラットでは運動神経とは関係ない交感神経性の筋緊張がおこりやすくなっていることを見つけました。つまり、老化ラットの交感神経では、運動神経をサポートする働きが衰えるだけでなく、単独で筋緊張をおこすようになるのです。これらの変化は、老化による筋力低下と運動機能の低下の原因の一端を説明する発見です。この成果は国際誌Scientific Reportsに掲載されます。

研究の背景

 老化は、四肢の筋量、筋力、運動機能が著しく低下する進行性のサルコペニアを伴います。サルコペニアは日常生活に支障をきたすだけでなく、死亡リスクを倍増させるため、取り組むべき重要な課題となっています。筋力は筋量に依存しますが、サルコペニアでは、筋量の減少に比べ、筋力の減少の程度が大きいことがわかっています。このような筋量と筋力の乖離の原因は不明ですが、筋が硬くなることや神経性調節機能の低下が関与すると考えられています。
 後肢筋は、交感神経の豊富な支配を受けます。私たちはこれまでに、後肢筋の収縮によって誘発される交感神経の反射性活動が、その収縮力をサポートするという骨格筋と交感神経の間のフィードバック機構を明らかにしました(https://doi.org/10.1186/s12576-021-00799-w) 。このフィードバック機構は運動神経のはたらきを助けるため、この機構が低下すれば、高齢者の筋力低下につながる可能性があります。
 そこで私たちは、後肢の筋収縮に対する交感神経の作用について、若齢と老齢のラットを用いて調べました。

研究成果の概要

 後肢への交感神経の専用経路(腰部交感神経幹)の切断や刺激によって交感神経活動を変化させると、運動神経刺激に伴う後肢筋の収縮力が変化すること、その作用には老若に関わらずα型とβ型の両方のアドレナリン受容体が関与することがわかりました。しかし、交感神経切断による筋力の低下率は、老化ラットでは若いラットの半分になっていました(図、左)。そしてその低下の程度は、筋萎縮の程度と相関していました。つまり、筋萎縮が進むほど、交感神経の寄与率が低下していたのです。逆に、交感神経のみを刺激した時にしばしば見られるαアドレナリン受容体を介した筋緊張の増加は、老化ラットで増大していました(図、右)。

研究の意義

 骨格筋と交感神経の間のフィードバック機構の加齢による低下は、高齢者のサルコペニアを加速する要因であると考えられます。交感神経の興奮のみで生じる筋緊張の増加は、多くの高齢者に見られる筋硬直や深部痛の発症に関係している可能性があります。収縮筋と交感神経の間のフィードバック機構の低下は、筋萎縮の程度と相関していたため、運動による筋萎縮の予防や回復が、筋と交感神経の間のフィードバック機能の回復に役立つと考えられます。交感神経による筋力の調節は、運動神経の機能を助けると考えられますが、交感神経の興奮のみによる筋緊張は、運動神経の働きを邪魔する可能性があります。加齢に伴う運動機能の低下には、交感神経によるサポートの低下と交感神経による筋緊張の発生の増加の両方が関係していると考えられます。

掲載論文について

【掲載誌】
国際ジャーナル 「Scientific Reports」(オンライン掲載 5月16日)

【掲載論文の英文表題とその和訳】
Sympathetic modulation of hindlimb muscle contractility is altered in aged rats
(後肢筋収縮力の交感神経調節は老齢ラットで変化する)
https://doi.org/10.1038/s41598-023-33821-9

【掲載論文の著者】
Harumi Hotta*(堀田晴美), Kaori Iimura(飯村佳織), Nobuhiro Watanabe(渡辺信博), Harue Suzuki(鈴木はる江), Masamitsu Sugie(杉江正光), Kazuhiro Shigemoto(重本和宏)
(*責任著者) 

【掲載論文の要旨】
 最近、ラット後肢筋の収縮力(強縮張力:TF)の維持には、筋収縮をきっかけとした交感神経の反射的興奮が寄与することが明らかにされている。我々は、後肢筋の収縮と腰部交感神経の間のこのフィードバック機構が、加齢に伴い低下するとの仮説をたてた。本研究では、若齢成熟(4-9ヶ月齢、11匹)および老齢(32-36ヶ月齢、11匹)の雌雄ラットを用いて、骨格筋収縮力に対する交感神経の寄与度を検討した。脛骨神経を電気的に刺激し、腰部交感神経幹(LST)の切断または刺激(5-20Hz)の前後で運動神経の活性化に起因する下腿三頭筋のTFを計測した。LST切断によるTF振幅は、若齢群および老齢群で減少したが、老齢ラットにおけるLST切断後のTF減少の大きさ(6.2%)は、若齢ラット(12.9%)と比較して有意(P = 0.02)に小さかった。TF振幅は、若齢群では5 Hz以上、老齢群では10 Hz以上のLST刺激により増加した。LST刺激に対する全体的なTF反応は両群間で有意な差はなかったが、運動神経刺激とは独立したLST刺激による筋緊張の増加は、若齢ラットに比べて老齢ラットで有意に(P = 0.03)大きかった。運動神経誘発性筋収縮を支える交感神経の寄与は減少し、運動神経活動とは無関係の交感神経性筋緊張は老齢ラットで増大した。後肢筋収縮力の交感神経調節におけるこれらの変化は、老化に伴う随意筋収縮時の骨格筋力の低下と運動機能の低下の原因となると考えられる。

【共同研究チーム】
東京都健康長寿医療センター研究所 老化脳神経科学研究チーム 自律神経機能研究
  堀田晴美研究部長、飯村佳織研究員、渡辺信博研究員、鈴木はる江協力研究員
東京都健康長寿医療センター研究所 高齢者健康増進事業支援室
  杉江正光協力研究員
東京都健康長寿医療センター研究所 シニアフェロー
  重本和宏博士

プレス発表.pdf

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所・自律神経機能研究室
研究部長・堀田晴美、研究員・渡辺信博
電話 03-3964-3241(内線4343、4339)


別紙・図