<プレスリリース>「治療抵抗性がんに対するRNAを標的とした新たな治療薬候補分子の発見」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター老化機構研究チームシステム加齢医学研究の井上聡研究部長、高山賢一専門副部長はホルモン療法が効かなくなった前立腺がんや乳がんに対する新しい治療薬としてRNAを標的とした新たな候補分子を発見しました。この研究では、がんの悪性化に働くRNAが機能する際のタンパク質PSFとの結合を標的とする革新的なスクリーニング法に基づいて治療薬候補を探索しており、今後のがん治療法の開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、米国科学アカデミー発行の国際科学雑誌「PNAS nexus」に日本時間の6月に発表されます。

研究の背景

 人口の高齢化に伴い現在の日本ではがん患者が増えています。がんは進行した状態で発見されることも多く、手術が困難であれば抗がん剤を用いた化学療法、ホルモン剤を用いた内分泌療法などを行いますが、当初効いていた治療が効かなくなる治療抵抗性のがん細胞の出現により治療が困難になることが問題となっています。男性および女性がかかるがん種として最も患者数が多い前立腺がんおよび乳がんに対して男性ホルモンや女性ホルモン作用を抑えるホルモン療法を行いますが、再発、難治化して死に至る(国内でそれぞれ1万人以上)ことが大きな課題です。近年の研究で治療抵抗性のがんにおいてタンパク質にならないRNA分子(非コードRNA)が悪性化をもたらすことが数多くわかってきました。研究グループでは悪性化をもたらすRNAがRNAに結合する性質のタンパク質PSFと結合することで前立腺がんや乳がん細胞内での遺伝子の発現や成熟を制御していることを見出していました。

研究成果の概要

 研究チームではこれらのがんの組織において鍵となるRNAの作用点としてタンパク質PSFとの結合に着目しました。RNAの作用を評価するため、RNA分子のペプチドでの修飾を行い試験管内でこの結合を再現するシステム(アルファアッセイ)を構築し、結合を阻害する小分子化合物を数万の化合物から広く探索しました(図1)。その結果RNAとPSFの結合を抑える小分子群を同定し、化学構造を調整することでさらに効果的に働くと予測される分子を見出しました。この小分子を治療薬として使用することでPSFの増加しているホルモン療法の効かないがん細胞の増殖や実験動物内での腫瘍の増殖を抑える働きがあることを示しました(図2)。さらに細胞や腫瘍内でPSFの標的となっているがんを促進する遺伝子の発現も抑制することも見出しました。

研究の意義

 今回の治療薬候補分子の同定によりホルモン療法が効かなくなった前立腺がんに対する革新的な治療法の開発につながる可能性があります。また研究グループの過去の成果を発端としてPSFは卵巣がん、大腸がん、肺がんなど様々ながん種の治療抵抗性に関与することが世界中の研究グループより続々と報告されており、他のがん種への効果も期待できると思います。特にこの薬剤候補分子はRNA分子のRNA結合タンパク質を介した作用点というこれまでにない薬剤作用を目的とするため従来の薬剤では効果のないがんに対する治療法の確立に寄与することが考えられます。またRNARNA結合タンパク質の結合は他の様々な病気においても重要な作用をもつことが知られており、今回確立した手法による薬剤探索の手法は様々な疾患に応用できると考えられます。

プレス発表.pdf

(問い合わせ先)
〒173-0015 東京都板橋区栄町35-2
東京都健康長寿医療センター
システム加齢医学 井上 聡・高山 賢一
電話 03-3964-1141 内線4314

掲載論文

【掲載誌】
米国科学アカデミー発行の国際科学雑誌「PNAS nexus」

論文タイトル: Identification of small-molecule inhibitors against the interaction of RNA-binding protein PSF and its target RNA for cancer treatment「がん治療のためのRNA結合タンパク質PSFとその標的RNAの結合を阻害する小分子化合物の同定」
著者:高山 賢一 1、松岡 聖二2、足達 俊吾3、本間 光貴4、吉田 将人5、土井 隆行6、新家 一男3、吉田 稔7、長田 裕之8、井上 聡1, 9

1東京都健康長寿医療センター研究所 老化機構研究チーム システム加齢医学研究、2国立研究開発法人理化学研究所 創薬シード化合物探索基盤ユニット、3産業技術総合研究所、4国立研究開発法人理化学研究所 創薬分子設計基盤ユニット、5筑波大学 化学域 生物有機化学研究分野、6東北大学大学院薬学研究科反応制御化学分野、7国立研究開発法人理化学研究所 ケミカルゲノミクス研究グループ、8国立研究開発法人理化学研究所 化合物リソース開発研究ユニット、9埼玉医科大学医学部 ゲノム応用医学部門

用語解説
RNA: リボ核酸の略。DNAの遺伝情報を元に作成され細胞核外に伝令するための仲介役として働く。