<プレスリリース>「老化細胞を特定するため、その指標となる老化関連遺伝子を同定」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所の石神 昭人(いしがみ あきひと)副所長、土志田 裕太(どしだ ゆうた)研究員、石渡 俊行(いしわた としゆき)研究部長らは、和歌山県立医科大学の橋本 真一(はしもと しんいち)教授ら、東京都立大学の相垣 敏郎(あいがき としろう)名誉教授らと共同で、老齢と若齢のラット肝臓の実質細胞を用いた「包括的1細胞トランスクリプトーム解析」により、老齢で高発現する3種類の老化関連遺伝子(Glipr1Clec12aPhlda3)を同定しました。この研究成果は、老化機構の解明、そして日本における高齢者の健康寿命の延伸(老化制御)に大きく貢献するものと期待されます。本研究成果は、2023830日にScientific Reportsの電子版に掲載されました。

研究目的

 老化は、成長期(性成熟期)以降、すべての生物種に起こりうる加齢に伴う生理機能の低下です。そのため、老化過程の初期段階、すなわち若齢動物の組織には、細胞機能に異常のない「若い細胞」のみが存在します。一方、加齢により老化が進行した老齢動物の組織には、細胞機能が衰退、または異常化した、いわゆる「老化細胞」が存在し、加齢に伴いその数も増加することが予想されます。そのため、老化の終末期を迎えた老齢動物の組織には、「若い細胞」と「老化細胞」が混在することが想像されます。老化細胞は、近隣の細胞機能に異常のない「若い細胞」に影響を及ぼし、細胞の老化を加速させる可能性もあります。そのため、老齢動物の組織に存在する老化細胞を特定し、若い細胞に影響を及ぼす前に、その老化細胞を積極的に除去、または老化細胞を若い細胞の形質に戻す必要があります。本研究では、老齢動物の組織に存在する老化細胞を特定するため、その指標となる老化関連遺伝子を見出すことを目的に実験を行いました。

研究成果の概要

 はじめに、私たちが定義する「老化関連遺伝子」とは、老化の機構に直接関与する遺伝子だけではなく、間接的に発現変動する、老化機構に直接関与しない遺伝子も含みます。さらに、老化の影響が組織毎に異なる可能性も考慮し、組織特異的に加齢により発現変動する遺伝子もすべて含みます。
 本研究では、若齢(7月齢)と老齢(27月齢)のラット肝臓実質細胞を用いて「包括的1細胞トランスクリプトーム解析」を行い、老化関連遺伝子を一次スクリーニングしました。さらに、ラットという動物種特異性を排除するため、候補となる遺伝子を様々な月齢(3、6、12、24、32-34月齢)のマウス肝臓を用いた定量的PCR法により加齢変化を検証し、二次スクリーニングしました。その結果、老齢で高発現している3種類の老化関連遺伝子としてGlipr1、 Clec12a、 Phlda3を新たに見出しました(図1)。これら3種類の老化関連遺伝子は、今までに老化との関連性を示す研究報告はありませんでした。また、老齢ラット肝臓実質細胞の詳細なトランスクリプトーム解析により、これらの遺伝子は、ほぼ同じ細胞(同一細胞)に高発現していることがわかりました。これは、これらの遺伝子を高発現する細胞が老化細胞である可能性を示唆しています。さらに、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH, fluorescence in situ hybridization)により、Glipr1、Clec12a、Phlda3を高発現する細胞が27月齢のマウス肝臓実質細胞において確認できました。老齢動物の組織に存在する老化細胞の同定は、複雑な老化機構の解明に繋がります。

研究の意義

 本研究から、老齢動物の肝臓に存在する老化細胞を特定する指標となる老化関連遺伝子を見出すことができました。老化細胞を特定できれば、老化細胞の形質を若い細胞に近づける「老化細胞制御因子」や老化細胞を積極的に除去する「セノリティック薬(老化細胞死誘導剤)」の開発が可能となります。本研究により得られる研究成果は、老化機構の解明、そして日本における高齢者の健康寿命の延伸(老化制御)に繋がります。

プレス発表.pdf

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所
老化制御研究チーム 分子老化制御
副所長 石神昭人
電話:03-3964-3241(内線4305) Email:ishigami@tmig.or.jp

掲載論文について

【掲載誌】国際科学雑誌「Scientific Reports」(電子版)(2023年8月30日)
https://www.nature.com/articles/s41598-023-41352-6

【掲載論文の英文表題と著書およびその和訳】
Single-cell RNA sequencing to detect age-associated genes that identify senescent cells in the liver of aged mice
Yuta Doshida, Shinichi Hashimoto, Sadahiro Iwabuchi, Yuka Takino, Toshiyuki Ishiwata, Toshiro Aigaki and Akihito Ishigami * (*corresponding author)

包括的1細胞トランスクリプトーム解析による老齢マウス肝臓での老化細胞を特定する老化関連遺伝子の同定
土志田 裕太、橋本 真一、岩淵 禎弘、滝野 有花、石渡 俊行、相垣 敏郎、石神 昭人*(*責任著者)

【掲載論文の要旨】
 本研究では、老齢動物の肝臓に存在する老化細胞を特定するため、その指標となる老化関連遺伝子を包括的1細胞トランスクリプトーム解析により探索した。本研究で定義する老化関連遺伝子AGs(Age-associated Genes)とは、老化の機構に直接関与する遺伝子だけでなく、間接的に発現変動する、老化機構に直接関与しない遺伝子もすべて含む。
 若齢(7月齢)と老齢(27月齢)のラット肝臓実質細胞をコラゲナーゼ灌流法により単離し、包括的1細胞トランスクリプトーム解析により、老化関連遺伝子を一次スクリーニングした。次に、ラットという動物種特異性を排除するため、候補遺伝子を3、6、12、24、32-34月齢のマウス肝臓を用いた定量的PCR法により、加齢変化を詳細に検証し、二次スクリーニングした。その結果、老齢で高発現している老化関連遺伝子としてGlipr1、 Clec12a、Phlda3を同定した(図1)。これら3種類の老化関連遺伝子は、今までにアポトーシス(プログラム細胞死)の誘導や炎症の抑制、そして細胞増殖の抑制などへの関与が報告されていた。しかし、老化との関連性を示す研究報告は、今までになかった。また、老齢ラット肝臓実質細胞の詳細なトランスクリプトーム解析により、Glipr1、Clec12a、Phlda3は、ほぼ同一の細胞で高発現していることがわかった。これは、これら3種類の遺伝子を高発現する細胞は老化細胞である可能性を示唆する。さらに、蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH, fluorescence in situ hybridization)により、Glipr1、Clec12a、Phlda3を高発現する細胞も27月齢のマウス肝臓実質細胞において確認できた。
 老齢動物の組織に存在する老化細胞を特定できれば、老化細胞の形質を若い細胞に近づける「老化細胞制御因子」や老化細胞を積極的に除去する「セノリティック薬(老化細胞死誘導剤)」の探索、ヒトへの臨床応用が可能となる。

【共同研究チーム】
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 老化制御研究チーム 分子老化制御
 石神 昭人 副所長、土志田 裕太 研究員、滝野 有花 研究員
地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究チーム 高齢者がん
 石渡 俊行 研究部長
和歌山県立医科大学
 橋本 真一 教授、岩淵 禎弘 講師
東京都立大学
 相垣 敏郎 名誉教授

(別紙)

図1の説明
 (a)7月齢と27月齢のラット肝臓実質細胞における包括的1細胞トランスクリプトーム解析の流れ (b)6月齢と32-34月齢のマウス肝臓を用いた43遺伝子の定量的PCR法による解析。赤色は、老齢で発現レベルが2倍以上の遺伝子。内因性コントロール遺伝子には、β-アクチンを用いた。値は、平均値±標準誤差。*p < 0.05 (c)円の直径は、陽性細胞の割合を示す。