<プレスリリース>                                                             「―難聴の高齢者が転倒しやすいのはなぜか?―聴覚情報が制限されると円滑な障害物の回避行動が阻害されることが明らかに」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所の桜井良太研究員をはじめとする研究グループは、聴覚情報が障害物回避行動に果たす役割の解明を目的に実験を行い、聴覚情報が制限された場合(外部音が聞こえにくくなった場合)、障害物に近づく際の歩幅の調整が乱れるのに加え、障害物の跨ぎ越し動作が大きくばらつくようになることを明らかにしました。この研究成果は、国際雑誌「Behavioural Brain Research」オンライン版(9月21日付)に掲載されました。

研究成果の概要

 加齢性難聴は、転倒発生のリスクを高めることが数多くの疫学研究から報告されてきました。しかしながら、なぜ難聴によって転倒が多く引き起こされるのかといった背景メカニズムについては明らかではありませんでした。そこで我々の研究チームでは、若年者を対象に、実験により疑似的に難聴環境を作り出し、転倒が起こりやすい動作である障害物跨ぎ越し時の動作を調べ、加齢性難聴が転倒リスクを引き上げる背景について検討しました。この際、聴覚が障害物回避行動に果たす役割をより明確にするため、障害物跨ぎ越し動作において有力な感覚情報源である足元の視覚情報も合わせて実験的に操作することとしました。
 実験時の聴覚制限条件では、対象者はイヤーマフを装着しました。この際、比較条件として穴の開いたイヤーマフを用いました(イヤーマフを装着している点は聴覚制限条件と同様だが、音が聞こえるという点で異なる:下記図①と②)。足元の視覚情報制限条件では、実験参加者は足元が見えなくなるフレームを持ち、比較条件では足元が見えるフレームを持ちました(フレームを持っているという点では視野制限条件と同じだが、下肢が確認できるという点で異なる:下記図①と③)。実験では、参加者は6.5m先の障害物(15cm)に近づき跨ぎ越し、その際の歩き方や足が障害物を超えるときの足上げの高さ(以後クリアランス)について測定しました。


図1. 実験概略図

 実験の結果、足元の視覚情報が制限された場合は先導脚のクリアランスが統計学的に有意に高くなりました。一方、聴覚情報が制限された場合は先導脚のクリアランスのばらつきが統計学的に有意に大きくなることが分かりました。また障害物接近時の歩行動作では、足元の視覚情報と聴覚情報の両者が制限された場合に、統計学的に有意に障害物接近時の歩行(歩幅)のばらつき(変動係数)が大きくなることが明らかとなりました。このような運動の変動性増加は転倒のリスクを高める一因となりますが、実際に聴覚情報制限によって障害物回避が困難になる例が確認されています(実験風景の一例:https://youtu.be/Xu-yiF6Viwg)。

図2. 結果の一例
聴覚情報と視覚情報を制限すると障害物へのアプローチが乱れ(左図)、障害物跨ぎ越し動作のばらつきは聴覚情報制限時に大きくなっていることが分かる(右図)。 

研究成果の意義

 聴覚情報が遮断されることにより、一連の障害物回避動作のばらつきが大きくなることが明らかとなり、その傾向は足元が見えない状況下で顕著に現れることが分かりました。この結果から、聴覚情報には運動を安定させる(動作のばらつきを統制する)働きが示唆されます。このような聴覚情報制限にともなう運動の変化が加齢性難聴者の転倒リスクを高めていると考えると、「耳の聞こえにくさ」に対する早期かつ適切な対応が傷害予防の観点から重要であるといえます。

掲載論文

国際科学雑誌Behavioural Brain Research
(オンライン版掲載 現地時間9月21日付)
Effect of auditory deprivation on adaptive locomotion: Interaction with lower visual field occlusion
(聴覚情報制限と下肢視覚情報制限が適応歩行に与える影響)
著者:桜井良太、三浦有花(武庫川女子大学)、児玉謙太郎(東京都立大学)、藤本雅大(産業技術総合研究所)

プレス資料

(問い合わせ先)
173-0015 東京都板橋区栄町35-2
東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加とヘルシーエージング研究チーム 桜井良太
電話 03-6905-6781  
Email: sakurair@tmig.or.jp