<プレスリリース>「高度の低栄養状態の患者では副腎デヒドロエピアンドロステロン(DHEA)産生細胞の増殖が亢進する」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所・老年病理学研究チームの野中 敬介 (のなか けいすけ) 研究員、石渡 俊行 (いしわた としゆき) 研究部長らは、同センター・病理診断科の新井 冨生 (あらい とみお) 部長らと共同で、高度の低アルブミン血症(低栄養状態)を示す長期重症疾患患者では、副腎でデヒドロエピアンドロステロン(DHEA)を産生・分泌する細胞の増殖が亢進することを明らかにしました。副腎は左右腎臓の上方に1個ずつ位置する小さな臓器で(図1)、DHEAはアンチエイジング効果など多様な作用を持つことが動物実験で示されている副腎ホルモンの一種です。この研究成果は、高齢者に多い低栄養状態に対してDHEAが有益に作用することを示唆しており、ヒトでは不明な点が多いDHEAの効果・作用の解明に貢献することが期待されます。本研究成果は、2023年9月4日付けで内分泌および代謝分野の国際英文誌Frontiers in Endocrinologyの電子版に掲載されました。


図1 副腎は左右腎臓の上方に位置する。

研究の目的

 転移を伴うがんや白血病など長期重症疾患の罹患率は非高齢者に比して高齢者で高く、多くの国で高齢化が進んでいる影響で長期重症疾患の患者数も増加しています。この長期重症疾患患者において生命維持に重要な複数のホルモンを合成・分泌する副腎に我々は注目しました。すべての細胞の染色体末端にはテロメアという構造が位置し、染色体を変性・消失などから保護しています(図2)。このテロメアは細胞が分裂する毎に短縮し、ある一定レベルより短くなると細胞がそれ以上分裂出来なくなる細胞老化という現象が起こります。つまり、テロメア短縮は細胞老化の重要な指標の1つと考えられています。これまでの研究で、慢性疾患の患者では血液細胞など諸臓器の細胞のテロメア長が短縮することが報告されていますが、副腎細胞のテロメアが短縮するのかは不明でした。本研究では、長期重症疾患で亡くなられた患者と突然死で亡くなられた患者の病理解剖例の副腎を用いて、各種の副腎ホルモン(アルドステロン、コルチゾール、DHEA、カテコラミン)の産生・分泌を担当する4種類の細胞別にテロメア短縮の有無を検討しました。


図2 テロメアは染色体末端に位置する。

研究成果の概要

 長期重症疾患で亡くなられた患者の病理解剖例の副腎細胞は副腎ホルモンの材料となるコレステロール成分が枯渇し特徴的な組織像を示します。この副腎の組織学的所見をもとに選定した長期重症疾患の男性患者(10人、平均78.8歳)では、突然死の男性患者(7人、平均85.3歳)と比べて副腎網状層に存在するDHEA産生細胞のみテロメア長が有意に短縮しており(図3、同細胞の数が有意に増加していました(図4。また、同細胞の細胞増殖マーカー (MIB-1)も有意に増加していました。長期重症疾患の女性(8人、平均85.6歳)と突然死の女性患者(7人、平均87.7歳)の比較でも男性と同様の結果が得られました(図34。生前の血液検査データの解析では、長期重症疾患の患者のほぼ全員に2週間以上の比較的高度の低アルブミン血症 (2.5g/dL以下) がみられました。また、長期重症疾患の患者の生前最後の血液検査のアルブミン値は、突然死の患者と比して男女とも有意に低いことが分かりました(図5DHEAは血中では90%以上がその硫化物であるDHEA-Sの形で存在し、さらにDHEA-S90%以上がアルブミンと結合しているため、死亡前1週間以内に採血・保存した血清を用いてDHEA-S濃度を調べたところ、長期重症疾患の患者と突然死の患者とでDHEA-S濃度に男女とも有意差はみられませんでした。


図3 副腎の細胞種類別のテロメア長比較 (マン・ホイットニーのU検定、有意水準0.05に設定)。男女とも突然死の患者に比べて、重症疾患の患者のDHEA (デヒドロエピアンドロステロン)産生細胞のテロメア長が有意に短い。その他の種類の細胞のテロメア長は突然死と重症疾患の患者とで有意差がみられない。



図4 DHEA (デヒドロエピアンドロステロン)産生細胞数の比較 (マン・ホイットニーのU検定、有意水準0.05に設定)。男女とも突然死の患者に比べて、長期重症疾患の患者のDHEA産生細胞の数が有意に多い。



図5 生前最後の血液検査の血清アルブミン値の比較 (マン・ホイットニーのU検定、有意水準0.05に設定)。男女とも突然死の患者に比べて、重症疾患の患者の血清アルブミン値が有意に低い。

研究の意義

 本研究から、低アルブミン血症など高度の低栄養状態を示す長期重症疾患患者の副腎では、DHEA産生細胞のみ増殖が亢進し、その影響でテロメアが短縮していることが示されました。DHEAの大部分は血中でDHEA-Sとして存在し、その90%以上はアルブミンと結合しています。そのため、一時的に低アルブミン血症になると血中DHEA-S濃度も減少することが知られていますが、本研究では長期重症疾患の患者の血中DHEA-S濃度は保たれていました。このことから、高度低栄養状態の患者の生体ではDHEAが必要とされており、その血中濃度を保つためにDHEA産生細胞の増殖亢進が生じていることが示唆されます。DHEAは免疫増強作用、抗糖尿病作用、抗肥満作用、アンチエイジング効果など多様な作用を持つことが動物実験で示されていますが、ヒトではDHEAの効果・効用は確立していません。本研究結果は、高度の低栄養状態に対するDHEAの効果・作用の解明に貢献することが期待されます。

プレス資料

(問い合わせ先)
〒173-0015 東京都板橋区栄町35-2
東京都健康長寿医療センター研究所 老年病理学研究グループ 
研究員 野中 敬介
電話 03-3964-1141(内線4415)  nona_kei@tmig.or.jp

掲載論文について

雑誌名:内分泌および代謝分野の国際英文誌 「Frontiers in Endocrinology」(オンライン掲載 2023年9月4日)
論文タイトル:Accelerated telomere shortening in adrenal zona reticularis in patients with prolonged critical illness
(和訳:長期重症疾患の患者では副腎網状層のテロメア短縮が促進される)
著者:野中敬介 (責任著者)1, 田久保海誉1, 相田順子1, 渡井順子2, 小松明子3, 五味不二也1, 志智優樹1, 山﨑有人4, 石渡俊行1, 笹野公伸4, 新井冨生3 (人名の後の数字は所属機関)

1東京都健康長寿医療センター研究所・老年病理学研究チーム・高齢者がん研究
2住商ファーマインターナショナル株式会社・創薬支援部
3東京都健康長寿医療センター・病理診断科
4東北大学大学院・医学系研究科病理診断学分野

論文公開URL:https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC10512174/
論文番号 (DOI):10.3389/fendo.2023.1244553
PMID:37745694