<プレスリリース>「膵臓がんの広がりを人工知能(AI)により測定する方法を開発」

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所の志智 優樹 (しち ゆうき) 研究員、石渡 俊行 (いしわた としゆき) 研究部長らは、日本獣医生命科学大学の高橋公正(たかはし きみまさ)名誉教授、日本医科大学の進士誠一(しんじ せいいち)講師らと共同で、培養した膵臓がん細胞の塊が崩れて周囲への広がる様子を、AIを用いて詳細に解析する方法を開発しました。生体内のように塊となった膵臓がん細胞が、周囲の血管やリンパ管へ侵入して他の臓器に転移するメカニズムの解明や、がんの塊の形成や遊走・転移を抑制する薬剤の開発に大きく貢献するものと期待されます。
 本研究成果は、国際英文雑誌のFrontiers in Cell and Developmental Biology の電子版(11月17日付け)に掲載されました。

研究目的

 膵臓がんは高齢者を中心に急速に増加しています。膵臓がんは発見時にはがんが膵臓の周囲に広がり、肝臓や肺などに転移し手術を受けられない事が多く、進行した膵臓がんは抗がん剤で完治させることが難しいため、5年後に生存できる患者さんは約10%と深刻な状況です。このため、一刻も早い膵臓がんの早期診断法と、新たな治療法の開発が求められています。膵臓がんは、膵臓の中でがん細胞が形成した塊(腫瘤)が大きくなると周囲の血管やリンパ管に侵入し、血液やリンパ液の流れに乗って他の臓器に運ばれ、転移をおこすことが知られています。現在までにも、一個一個のがん細胞が周囲へ移動する能力を測定する方法はありましたが、人の体の中のように、塊となったがん細胞がどのようにがんの周囲に広がって行くのかを解析する研究は進んでいませんでした。

研究成果の概要

 膵臓がん細胞を培養皿で生体内のように立体的に増やす(3次元培養)と、スフェアと呼ばれる浮遊したがんの塊が作られてきます。発表者らは膵臓がん細胞には、周囲が平滑な小型のスフェアを作る上皮系の膵臓がんと、周囲が凸凹でがん細胞が緩やかに集まったスフェアを形成する間葉系の膵臓がんの2種類があることを以前に発見しました(文献1,2)。今回、上皮系と間葉系の膵臓がんのスフェアが形成される過程と、スフェアが培養皿に接着して広がって行く過程を、15分ごとに約3日間顕微鏡でタイムラプス撮影しその画像を人工知能(AI)のディープラーニング法を用いて解析しました(図1、図2)。
 上皮系の膵臓がんは、がんの塊(スフェア)の面積が急激に減った後で表面の細胞同士が接着して癒合し小型で表面が平滑なスフェアを形成するのに対し、間葉系の膵臓がんのスフェア面積はほとんど変わらず、細胞同士が癒合しないことを確認しました。表面が凸凹でぶどうの房のようにみえる間葉系の膵臓がんのスフェアは、早くから培養皿に接着してがん細胞が周囲に広がって行くのに対し、表面が平滑な上皮系の膵臓がんは培養皿に接着しにくく周囲への広がりも少ないことがわかりました(図3)。さらに、上皮系の性質が特に強い膵臓がん細胞のスフェアは培養プレートに接着せず粘液の産生と分泌を繰り返し、スフェアの大きさも変わらないことが明らかになりました。






研究の意義

 本研究では、世界で初めてがん細胞の塊のスフェアが形成される過程と、スフェアを形成するがん細胞が周囲へ広がって行く過程を可視化し、撮影した写真をAIで画像解析することに成功しました。それにより、間葉系の膵臓がん細胞が形成するスフェアは周囲へ広がりやすいことと、上皮系の膵臓がん細胞には、接着せずスフェアの大きさも変わらないものの、周囲へ粘液を分泌し続けるがん細胞が存在することを明らかにしました。本研究は、膵臓がん細胞が塊を形成(腫瘤形成)するのを抑制する薬剤の開発や、がんの塊が周囲の組織へ広がり(がん浸潤)、転移するのを抑える薬剤の探索に寄与することが期待されます。今回、開発した方法は、膵臓がん以外のがんの浸潤や転移の研究にも応用することが可能であり、がん研究において広範囲な貢献が期待されます。

掲載論文

雑誌名:国際英文雑誌の「Frontiers in Cell and Developmental Biology」(オンライン掲載 2023年11月17日)
論文タイトル:Artificial Intelligence-based Analysis of Time-lapse Images of Sphere Formation and Process of Plate Adhesion and Spread of Pancreatic Cancer Cells(和訳:人工知能による膵臓がん細胞のスフェア形成過程と、培養プレートへの接着・遊走過程のタイムラプス画像解析)
著者:志智優樹1、五味不二也1、長谷川康子1、野中敬介1、進士誠一1,2、高橋公正3、石渡俊行(責任著者)1
1 東京都健康長寿医療センター研究所・老年病理学研究チーム・高齢者がん研究
2 日本医科大学消化器外科
3 日本獣医生命科学大学 
論文公開URL: https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fcell.2023.1290753/full
論文番号 (DOI):10.3389/fcell.2023.1290753
参考文献
1.Shichi Y, Ishiwata T et al. Enhanced morphological and functional differences of pancreatic cancer with epithelial or
mesenchymal characteristics in 3D culture. Sci Rep. 2019 Jul 26;9(1):10871. doi:10.1038/s41598-019-47416-w.
2.Minami F, Ishiwata T et al. Morphofunctional analysis of human pancreatic cancer cell lines in 2- and 3-dimensional cultures. Sci Rep. 2021 Mar 24;11(1):6775. doi: 10.1038/s41598-021-86028-1. (Top 100 downloaded articles in cancer, 2021. Scientific Reports誌)

プレス資料

(問い合わせ先)
〒173-0015 東京都板橋区栄町35-2
東京都健康長寿医療センター研究所
老年病理学研究チーム(高齢者がん) 研究部長 石渡 俊行
電話03-3964-1141 (内線 4414)
Email: tishiwat@tmig.or.jp