<プレスリリース>加齢マウス臓器では糖鎖合成の材料である "糖ヌクレオチド"の量が変化する

発表内容の概要

 東京都健康長寿医療センター研究所の今江 理恵子(いまえ りえこ)研究員、萬谷 博(まんや ひろし)研究部長、遠藤 玉夫(えんどう たまお)シニアフェローらは、加齢マウスの臓器において、糖鎖*1の合成材料である「糖ヌクレオチド*2」の量が変化することを明らかにしました。これまでに糖ヌクレオチド量の制御は、癌などの様々な疾患に関わることが分かってきています。本研究成果は、加齢メカニズムの解明のみならず、加齢関連疾患のメカニズムの解明や疾患の予防法開発に大きく貢献するものと期待されます。本研究は、オックスフォード大学出版発行の糖鎖生物学分野の国際英文誌「Glycobiology」の電子版に410日付けで掲載されました。

研究の背景

 糖鎖はタンパク質などの機能や安定性を制御する重要な修飾因子であり、糖鎖の変化は癌や認知症などの様々な疾患の発症に関与することが知られています。糖鎖は約12種類の糖で作られており、その原料としてそれぞれの糖に対応する『糖ヌクレオチド』が利用されます(図1)。糖ヌクレオチドの産生は、糖やアミノ酸、脂質、核酸などの代謝と密接に関連していることから(図2)、食事や運動、疾患、加齢などの様々な環境の変化により、糖ヌクレオチドの産生量や量比も変化する可能性が指摘されています。糖ヌクレオチド量の変化は、糖鎖合成や他の分子の代謝に影響することから、細胞の状態を示す重要な情報になると考えられます。しかし、これまで汎用性のある糖ヌクレオチドの分析手法は少なく、糖ヌクレオチド代謝と加齢や疾患との関連についてはよく分かっていませんでした。

図1 糖鎖の合成反応。糖転移酵素が、糖の供与体である"糖ヌクレオチド"から糖を次々に結合させることで糖鎖が合成される。図では、一例としてウリジン二リン酸-ガラクトース(UDP-ガラクトース)を糖ヌクレオチドとして利用し、ガラクトースを結合させる反応を示している。

図2 糖ヌクレオチドの合成経路。今回解析した糖ヌクレオチドを赤四角で囲んだ。

研究成果の概要

 発表者らはまず、新しい糖ヌクレオチド分析手法を開発しました。体内の糖ヌクレオチドは微量な成分です。そこで、高感度で正確な定量分析が可能な液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS*3を用いて、12種類の糖ヌクレオチド(UDP-グルコース、UDP-ガラクトース、UDP-N-アセチルグルコサミン、UDP-N-アセチルガラクトサミン、UDP-グルクロン酸、UDP-キシロース、GDP-マンノース、GDP-フコース、CMP-N-アセチルノイラミン酸、CMP-N-グリコリルノイラミン酸、CDP-リビトール、CDP-グリセロール)をハイスループットに測定できる分析系を構築しました。この手法を用いて、7ヶ月齢(若齢)と26ヶ月齢(老齢)の雄マウス(系統:C57BL/6NCr)の様々な臓器(脳、肝臓、心臓、骨格筋、腎臓、肺、大腸)における糖ヌクレオチドの量を測定しました。まず、臓器によって糖ヌクレオチドの組成や量が異なっており、例えば腎臓ではUDP-グルクロン酸が多く、脳ではUDP-グルコースが多い、などの特徴があることが分かりました。このような臓器間の違いは、臓器ごとに必要な糖鎖の種類や量の違いを反映していると考えられます。さらに、加齢に伴って各臓器に特徴的な糖ヌクレオチド変化が起きていることが分かりました。特に、腎臓においてUDP-グルクロン酸の顕著な減少が見られ、脳においてはUDP-グルコースやUDP-N-アセチルガラクトサミンなど、いくつかの糖ヌクレオチドが減少する傾向が明らかになりました(図3

3 マウス腎臓、脳における糖ヌクレオチド含量の加齢変化。腎臓ではUDP-グルクロン酸が顕著に低下する。脳ではUDP-N-アセチルガラクトサミンが低下し、 UDP-グルコース、UDP-ガラクトース、 UDP-N-アセチルグルコサミンにも低下傾向が見られる。n=4, *P<0.05

研究の意義

 今回、加齢に伴って様々な臓器で糖ヌクレオチド量の変化が起きていることが明らかとなりました。加齢に伴って糖鎖が変化することも分かってきていますが、糖ヌクレオチドの変化がその原因の一つであることが考えられます。例えば、UDP-グルクロン酸は細胞外マトリックスの構成成分となるグリコサミノグリカン*4という糖鎖の合成に使われますが、腎臓において加齢に伴いグリコサミノグリカンの一種が減少することが報告されており、加齢腎臓におけるUDP-グルクロン酸の減少がその原因である可能性が考えられます。今後、糖ヌクレオチドの変化を元に戻す方法を開発することで、加齢に伴う臓器の機能低下や加齢関連疾患の予防につながることが期待されます。また、今回変化することが分かった糖ヌクレオチドに着目して糖鎖を調べることで、未知の糖鎖変化が明らかになり、老化に関わる糖鎖の役割の理解が広がることも期待されます。

掲載論文について

【掲載誌】
オックスフォード大学出版発行の国際英文誌「Glycobiology」(オンライン掲載:2024年4月10日)
論文タイトル:Changes in the amount of nucleotide sugars in aged mouse tissues(和訳:マウス臓器における加齢に伴う糖ヌクレオチド変化」

著者:今江理恵子1、萬谷博1、津元裕樹2、梅澤啓太郎2、三浦ゆり2、遠藤玉夫1

1 東京都健康長寿医療センター研究所・老化機構研究チーム・分子機構研究
2 東京都健康長寿医療センター研究所・老化機構研究チーム・プロテオーム研究
論文番号(DOI):10.1093/glycob/cwae032

用語解説

*1 糖鎖
グルコースなどの糖が鎖状に連結したもの。タンパク質や脂質などに結合して、その局在や機能などを制御する重要な修飾因子。

*2 糖ヌクレオチド
糖とヌクレオチドが結合したもの。糖転移酵素が糖鎖を合成する際に、活性化された糖の供与体(糖ドナー)として働く。ヌクレオチドは核酸を構成する単位でもあり、塩基(グアニン、シトシン、ウラシルなど)と五炭糖(リボースなど)、及びリン酸が結合したものである。哺乳動物の糖ヌクレオチドでは、主にウリジン二リン酸(UDP:Uridine diphosphate)、グアノシン二リン酸(GDP:Guanosine diphosphate)、シチジン一リン酸(CMP:Cytidine monophosphate)といったヌクレオチドが利用される。

*3 液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS:Liquid Chromatography-Mass Spectrometry)
物質を液体クロマトグラフィーによって固定相と移動相との相互作用の差で分離した後、質量分析計によって物質の質量(厳密にはイオン化させた物質の質量を電荷数で割った値、m/z)を測定する方法。

*4 グリコサミノグリカン
アミノ糖(グルコサミン、ガラクトサミン)とウロン酸(グルクロン酸、イズロン酸)またはガラクトースの二糖の繰り返し構造を基本とする長い直鎖状の糖鎖。ヒアルロン酸やへパラン硫酸、コンドロイチン硫酸などが含まれ、ムコ多糖とも呼ばれる。

プレス資料.pdf

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所 電話 03-3964-3241
老化機構研究チーム(分子機構) 研究部長 萬谷 博
内線 4402 manya@tmig.or.jp
シニアフェロー 遠藤 玉夫
内線 4400 endo@tmig.or.jp