<プレスリリース>神経変性疾患の新たな治療標的となる分子をサルPETで画像化 -臨床応用に期待-

発表概要

・脳内のHDAC6という酵素を画像化するPET用薬剤の実用性を評価した結果を論文報告しました。
・本薬剤のヒトへの応用に向け実施したサルにおけるPET試験で、良好な結果が示されました。
・HDAC6はアルツハイマー病やパーキンソン病などに関連した酵素であり、今後の臨床研究で得られる知見が全く新たな機序の治療法開発に役立つと期待されます。


図:本プレスリリースの概説図

研究目的

 アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患(注1)の多くには、脳内に異常なタンパク質凝集体が蓄積する特徴があります。その治療薬開発のターゲットとなりうる分子として、生体内のタンパク質の分解などに関与する酵素であるヒストンデアセチラーゼ6(HDAC6、注2)が注目されています。

 当センターの神経画像研究チームは、HDAC6に結合する陽電子断層撮像法(PET、注3)用放射性薬剤として[18F]FSW-100(注4)を見いだしました。PET装置を使用すれば、ヒトに投与された[18F]FSW-100の分布を画像化できます。結果としてHDAC6の脳内における発現量や分布など、HDAC6を標的とした治療法や診断法の開発に重要な情報が得られると期待されます。今回の論文では[18F]FSW-100の臨床応用に向け、薬剤の製造法や安全性の検証を行い、さらに浜松ホトニクス株式会社との共同研究のもと、ヒトに近いサルにおけるPET試験(注5)を行いました。

研究成果の概要

 本論文の内容は、基礎研究で見いだされた新たなPET薬剤を臨床応用するために必要な"橋渡し的"研究です。まず[18F]FSW-100の注射液の製造試験(注6)を3ロット分実施し、いずれのロットも臨床使用可能な品質であると確認しました。また非放射性FSW-100の安全性試験(注7)、PET撮像に伴う被ばく線量の推定試験(注8)などを実施し、臨床研究を行う上でPET撮像に伴うリスクが許容範囲内であることを確認しました。最後にサルにおけるPET撮像を行ったところ、脳内のHDAC6の分布を反映したとみられるPET画像が得られました。以上の結果から、[18F]FSW-100はHDAC6を画像化するPET薬剤として、臨床研究を行う価値があると結論付けられました。

研究の意義

 HDAC6は神経変性疾患の治療標的として注目されていますが、疾患を有するヒトの脳内におけるHDAC6の量や分布の変化については、不明な点が残っています。そういった疑問を解消する上で、生体内の現象を画像化できるPETは強力なツールとなります。今後の[18F]FSW-100を使用した臨床研究により、疾患におけるHDAC6の役割がより一層明らかとなれば、新たな治療法や診断法の開発につながると期待されます。

論文情報

タイトル:Preclinical validation of a novel brain-penetrant PET ligand for visualization of histone deacetylase 6: a potential imaging target for neurodegenerative diseases(神経変性疾患の画像化標的となりうるHDAC6を可視化するための、新規脳移行性PETリガンドの前臨床検証)
掲載誌:European Journal of Nuclear Medicine and Molecular Imaging (DOI: 10.1007/s00259-024-06666-1)
著者:多胡哲郎1、坂田宗之1、金澤奨勝2、山本茂幸2、石井賢二1、豊原潤1 
著者所属:1東京都健康長寿医療センター・神経画像研究チーム、2浜松ホトニクス株式会社・中央研究所

用語解説

注1)神経変性疾患:何らかの原因により脳や脊髄の神経細胞が減少し、認知機能や運動機能に障害が発生する病気の総称。アルツハイマー病やパーキンソン病など、有効な治療法が少ない疾患が多い。
注2)HDAC6:ヒストンデアセチラーゼは、タンパク質の脱アセチル化を担うタンパク質の総称で、ヒトでは4つのクラスに分類される18種類が同定されている。代表的な機能は染色体を構成するタンパク質であるヒストンの脱アセチル化であり、遺伝子発現の制御に関わっている。病理学的な研究から、HDAC6はアルツハイマー病では発現量の増加、パーキンソン病ではタンパク質病変との共局在が報告されている。
注3)PET:陽電子断層撮像法(Positron Emission Tomography)は画像診断技術の一つ。放射線を放出する薬剤をヒトに投与し、放射線検出器を使用して薬剤の分布を検出することで、薬剤の特性に応じた体内の現象を画像化できる。例えば腫瘍に集まる薬剤ならば、腫瘍の位置情報を得られる。
注4)[18F]FSW-100:HDAC6選択的阻害剤として報告されていたSW-100の、放射性同位元素であるフッ素-18で標識された誘導体であるPET用放射性薬剤。
注5)サルPET:分類学的にヒトに近いサルは、PET薬剤の性能に影響する生体内の代謝や標的の発現量が近いため、サルPETはヒトにおけるPET薬剤の有効性を予測する上で重要な前臨床評価となる。
注6)製造試験:PET薬剤用の放射性同位元素は半減期が短く(=使用期限が短い)、PET撮像の行われる施設でPET薬剤が製造される場合が多い。臨床使用を開始する前に、PET薬剤の製造試験を繰り返し行い、品質に問題が無いか確認する必要がある。
注7)安全性試験:ラットに化合物を投与し、毒性が生じないか確認する試験。一般的にPET検査で投与される薬剤の量は非常に少なく、生体に化合物由来の影響が生じる可能性は低い。
注8)被ばく線量の推定:PET薬剤をマウスに投与した際の体内分布から、PET薬剤が投与されたヒトの被ばく線量を予測する。一般的なPET検査に伴うヒトの被ばく線量は、体幹部のCT検査と同程度である。

参考情報

東京都健康長寿医療センター研究所ホームページ・研究トピックス「PETのお薬ができるまで

プレス資料.pdf

(問い合わせ先)
〒173-0015 東京都板橋区栄町35番2号
東京都健康長寿医療センター研究所
神経画像研究チーム 研究部長 豊原 潤
電話 03-3964-3241(内線4262)  メール toyohara@pet.tmig.or.jp