<プレスリリース>ウイルス感染症の世界最速ポータブル遺伝子検査装置の開発 -臨床現場での即時検査への実用化に期待-

概要 

 理化学研究所(理研)開拓研究本部渡邉分子生理学研究室の渡邉力也主任研究員、飯田龍也テクニカルスタッフⅠ、京都大学医生物学研究所の野田岳志教授、東京都健康長寿医療センターの豊田雅士研究副部長らの共同研究グループは、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やインフルエンザなどのウイルス遺伝子を「1分子」レベルで識別し、世界最速で検出できるポータブル遺伝子検査装置を開発することに成功しました。

 本研究成果は、臨床現場での即時検査に対応した、次世代の遺伝子検査装置として、多種感染症の層別化・早期診断などの医療現場のニーズに即した実用化が期待されます。

 今回、共同研究グループは、2022年に開発した「COWFISH」をさらに小型化・低コスト化したポータブル遺伝子検査装置「COWFISH2」を開発しました。COWFISH2は、従来のCOWFISHと比較して、設置面積比で約5分の1以下、重量比で約6分の1以下まで小型化し、構成部品の総額を80万円程度と約3分の2以下まで低コスト化することに成功しました。また、急性呼吸器感染症を例として、SARS-CoV-2に加えて、インフルエンザA型/B型を同時に検出できる多項目遺伝子検査を実現するとともに、臨床検体を用いた実証実験では、感度[1]94%、特異度[2]98%を達成しました。

 本研究は、科学雑誌『iScience』オンライン版(9月1日付)に掲載されました。

ポータブル遺伝子検査装置(COWFISH2)の外観

背景

 現在、ウイルス感染症の感染診断では、主にウイルスのタンパク質抗原を検出する方法(抗原検査法)とウイルスRNAを増幅して検出する方法(PCR検査法[3])が利用されており、それぞれスクリーニング、確定診断などの用途に応じて使い分けられています。抗原検査法は30分間程度で迅速かつ簡便にウイルスを検出できるため、スクリーニングには適していますが、検出感度や特異度の低さに起因する検出エラーの多さが問題になっています。一方、PCR検査法は感度が優れ、確定診断に適していますが、検出の前処理に最短で1時間程度かかるため、大量の検体を迅速に解析し、診断につなげることが困難です。そのため、PCR検査法の「感度の高さ」と、抗原検査法の「迅速・簡便さ」を両立させた新しい検査法の開発が期待されています。

 この背景を踏まえ、渡邉主任研究員らは2021年に世界最速・非増幅遺伝子検査法「SATORI法」1を(図1)、2022年にはSATORI法を実装した全自動遺伝子検査装置「opn-SATORI」2、および小型装置「COWFISH」3を開発しました。これらの検査装置では、CRISPR-Cas13a[4]と呼ばれる酵素と微小試験管を集積したマイクロチップを用いることで、ウイルスの遺伝子を「1分子」レベルで識別し、9分程度の世界最速の迅速検出が可能となります(図1)。検出限界値は1.4コピー/マイクロリットル(μL、1μLは100万分の1リットル)で、PCR検査法とほぼ同等であり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の臨床検体を用いた検証実験では、陽性判定および変異株判定において感度・特異度は共に95%以上を達成しており、従来技術と検出原理の異なる革新的な検査装置でした。

1 独自のウイルス感染症の世界最速遺伝子検査法(SATORI法)
感染症の非増幅遺伝子検査の模式図。サンプル調製、蛍光観察、ウイルスの個数定量、陽性/変異株判定の全ての工程を9分程度で完結できる。

 しかし、開発した装置は最小サイズで横幅35cm、奥行45cm、重さ20kgのため、臨床現場へ持ち運び、即時検査へ対応することが困難な状況でした。そのため、装置のさらなる小型化・軽量化により、ポータブルなSATORI法による検査装置の開発が期待されていました。

注1)2021年4月19日プレスリリース「新型コロナウイルスの超高感度・世界最速検出技術を開発」
https://www.riken.jp/press/2021/20210419_2/index.html
注2)2022年5月26日プレスリリース「新型コロナウイルスの超高感度・全自動迅速検出装置の開発」https://www.riken.jp/press/2022/20220526_3/index.html
注3)2022年10月27日プレスリリース「新型コロナウイルス世界最速検出装置の小型化・低コスト化」https://www.riken.jp/press/2022/20221027_2/index.html

研究手法と成果

共同研究グループは、SATORI法の小型装置「Compact Wide-field Femtoliter-chamber Imaging System for High-speed digital bioanalysis:COWFISH」をさらに小型化・軽量化したポータブル装置「COWFISH2」を開発しました(図2)。COWFISH2は、COWFISHの蛍光検出/電子制御パーツなどを一から再設計することで、COWFISHと比較して、大幅な小型化・軽量化に成功しました。また、電動ステージを実装することで、複数の感染症を対象とした多項目遺伝子検査が可能になりました。詳しい改善点は以下の通りです。

1) 大幅な小型化・軽量化を実現(設置面積比:COWFISHの約5分の1以下、重量比:COWFISHの約6分の1以下)
(横幅14cm、奥行22cm、高さ14cm、重さ4kg)

2) 装置の低コスト化を実現(COWFISHの約3分の2以下)
(構成部品の総額は80万円程度)

3) 電動ステージを実装
(最大4項目の遺伝子検査を実施可能、実施例:COVID-19、インフルエンザA型/B型などの急性呼吸器感染症の同時迅速検査)