東京都健康長寿医療センター研究所(所在地:東京都板橋区)の志田隆史研究員をはじめとする研究グループ(フレイル・筋骨格系の健康研究)は、ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)*1を用いたメタボロミクス分析により、高齢者のフレイルと関連する血清代謝物を特定しました。本研究で特定された代謝物は、カフェイン、カテコール(カフェインの代謝物の一種)、パラキサンチン(カフェイン代謝物の一種)、ナイアシンアミド(ビタミンB3の一種)、5-ヒドロキシメチル-2-フロイ酸(代謝に関わる化合物)、ダイゼイン(大豆イソフラボンの一種で、植物性化合物)、シトシン(DNAやRNAを構成する塩基の一つ)が含まれています。特に注目すべき点として、これらの代謝物の多くが食事由来であることが挙げられます。
この研究成果は、国際学術誌「Biogerontology」のオンライン版(12月6日付)に掲載されました。本研究を通じて、今後、高齢者の健康維持やフレイル予防に向けた食生活や生活習慣の改善指針を提供できることが期待されています。
近年の高齢化とフレイルに関する研究背景
近年、先進国・開発途上国を問わず、世界的に高齢化が進んでいます。85歳以上の高齢者は世界人口の1.6%を占めるまでになり、平均寿命の延びに伴い、寝たきりや介護を必要とする高齢者の増加も顕著です。65歳以上のフレイル*2高齢者の割合は17%に上り、世界で約1億2000万人と推定されています。
日本における65歳以上の高齢者のフレイル、プレフレイル、健康な高齢者の割合は、それぞれ8.7%、40.8%、50.5%とされています。つまり、高齢者の約半数がフレイルまたはプレフレイルの状態にあることになります。フレイル高齢者は身体的のみならず、精神的・社会的な問題のリスクも高く、健康な高齢者に比べて多くの社会的資源を必要とします。一方で、フレイルを含む加齢変化には個人差が大きく、生物学的に非常に複雑なプロセスであるため、その代謝学的基盤については未だ多くが解明されていません。
本研究の目的と方法
このような背景を踏まえ、我々の研究チームは地域高齢者のフレイルに関連する代謝物を探索的に分析することを目的としました。研究は、2017年に東京都板橋区で実施された健康調査「お達者健診」(研究代表者:笹井浩行 研究副部長)を基に症例対照研究*3して計画されました。本研究では、年齢、BMI、既往歴などの背景因子を調整した上で、フレイル高齢者39名と健康な高齢者76名の血清サンプルを分析しました。
研究結果
約500種類の代謝物を分析した結果、フレイル高齢者では全体的に代謝物濃度が低い傾向が認められ、特に以下の7つの代謝物の濃度が有意に低いことが明らかとなりました:
◎ カフェイン、カテコール(カフェインの代謝物の一種)、パラキサンチン(カフェイン代謝物の一種)、ナイアシンアミド(ビタミンB3の一種)、5-ヒドロキシメチル-2-フロイ酸(代謝に関わる化合物)、ダイゼイン(大豆イソフラボンの一種で、植物性化合物)、シトシン(DNAやRNAを構成する塩基の一つ)
一方で、カフェイン、カテコール、パラキサンチン、ナイアシンアミドの濃度が高い場合、健康な高齢者である可能性が高いことが確認されました。また、筋力低下、疲労、身体活動低下といったフレイルの各表現型と代謝物の関連性には個別の違いが認められました。さらに興味深い点として、今回の研究で特定された代謝物の多くが食事由来であることが示されました。
図1:フレイルおよび健常者の血清代謝物の比較
図2:フレイルの表現型指標に関連する代謝物
図1:フレイルおよび健常者の血清代謝物の比較
縦軸は代謝物の面積値(濃度)、横軸は左から健常群とフレイル群を示しています。また、各プロットはそれぞれの対象者に対応しています。すべての代謝物においてフレイル群の濃度が健常群に比べて低いことを示しています。
図2:フレイルの表現型指標に関連する代謝物
フレイルの各表現型(筋力低下、疲労、身体活動低下、体重減少、歩行速度低下)と代謝物の関係を示しています。代謝物とフレイルの表現型の関連性はそれぞれ異なりますが、一部の代謝物は複数の表現型に共通して関連していることが確認されました。
本研究は、フレイルの生物学的基盤を解明し、予防策の構築に貢献することを目指しています。本研究により、カフェイン、カテコール、パラキサンチン、ナイアシンアミドなどの代謝物がフレイルと関連していることが明らかになりました。これらの多くが食事由来であることから、食事や栄養がフレイルの発症や予防に関連している可能性が示唆されます。今後の研究により、より具体的な食生活の指針が明らかになることが期待されます。
論文情報
雑誌名:Biogerontology
論文名:Association of serum metabolites with frailty phenotype and its component: a cross-sectional case-control study
著者:Takashi Shida, Sho Hatanaka, Narumi Kojima, Takahisa Ohta, Yosuke Osuka, Kazushi Maruo, Hiroyuki Sasai.
掲載日:2024年 12月6日(現地時間)
DOI:https://doi.org/10.1007/s10522-024-10166-y
*1 「ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)」
ガスクロマトグラフィー質量分析(GC-MS)は、混合物の成分を特定し、それぞれの量を明らかにするための分析法です。
*2 「フレイル」「プレフレイル」
フレイルとは、活動的な生活(健常)と要介護状態の間に位置する状態を指します。この段階では、身体の予備能力が低下しており、ちょっとしたきっかけで体力が大きく損なわれ、要介護状態に移行するリスクが高くなります。一方、プレフレイルは、フレイルに移行する前段階であり、身体機能や生活能力がまだフレイルの基準に達していない状態を指します。
*3 「症例対照研究」
症例対照研究とは、特定の疾患を持つ患者群(症例群)と疾患を持たない対照群に分けて、それぞれの疾患の特徴や、疾患発症に関与する可能性のある要因を比較する研究方法です。この方法を用いることで、疾患と背景因子の関連性を検討します。
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