2025.6.11
バブル崩壊後の「失われた10年」や2008年のリーマン・ショックなど、日本は近年複数の深刻な経済不況を経験してきました。経済不況は、企業活動の縮小や失業率の上昇、所得の減少など経済面への打撃にとどまらず、人々の心身の健康にも大きな影響を与えることが知られています。特に中高年層は、家庭の経済的責任や職場での地位などの背景から、精神的ストレスを受けやすい世代です。
今回、村山洋史研究副部長らの研究チームは、2008年のリーマン・ショックに伴う経済不況が、日本の中高年層の精神的健康に与えた影響を、全国規模の大規模縦断調査データを用いて分析しました。その結果、男女ともにリーマン・ショック後には精神的苦痛が有意に増加していたことが明らかとなりました。さらに、雇用形態や学歴などの社会経済的背景によって影響の度合いが異なることも示されました。この研究成果は、2025年4月に国際学術誌Scientific Reportsに掲載されました。
本研究は、日本において2008年の世界的な経済不況(いわゆるリーマン・ショック)が中高年層の精神的健康状態にどのような影響を与えたかを明らかにすることを目的としています。加えて、雇用形態(正規職員、自営業など)、学歴、所得といった社会経済的背景がその影響の大きさにどう関係しているかを詳細に検証しました。
データは、厚生労働省が行っている中高年者縦断調査です。2005年に50-59歳の男女34,240名を対象にした初回調査以降、同一対象に毎年実施されています。本研究では、2005-2010年までの6年間のデータを用いました。
2008年の経済不況後、日本の中高年層において精神的苦痛(心理的ストレス)の有意な増加が見られることが明らかになりました。2007年以前と2008年以降の精神的苦痛の発症リスクを比較したところ、
さらに、経済不況の影響は人々の社会経済的背景によって異なることも判明しました(次頁の図1)。男性では、特に自営業者において精神的苦痛の増加が顕著でした。自営業者は不況時に収入が不安定になりやすく、さらに日本では自営業の男性が家計の担い手であるケースが多いため、経済的不安が精神的ストレスに直結した可能性が考えられます。
女性では、学歴によって影響の度合いが異なることが示されました。特に、大学・大学院卒の高学歴層の女性は精神的苦痛の増加幅が大きい傾向がありました。高学歴の女性は就業率が高く、不況下で職場のストレスが増したこと、加えて、高学歴女性は仕事の家庭との葛藤を経験する傾向にあると言われており、これらが相まってこの層の女性の精神的負担を大きくした要因と考えられます。
本研究は、経済不況が日本の中高年層の精神的健康に与える影響を、全国的な大規模縦断データを用いて定量的に示した国内初の研究です。リーマン・ショックのような突発的な経済危機に対し、特定の社会経済層(自営業男性、高学歴女性など)が精神的に脆弱である可能性を示しています。
この成果は、将来的な経済ショック時における精神的健康への政策立案や、社会的支援策の整備において重要なエビデンスとなり得ます。政策担当者、医療・福祉関係者、そして一般市民にとっても大きな示唆を与える内容と言えます。
Murayama H, Komazawa Y, Kakizaki M, Fukuda Y, Tabuchi T. Economic recession and mental health distress among Japanese people in middle age. Scientific Reports 15, 13190, 2025.
https://www.nature.com/articles/s41598-025-85198-6
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