2025.6.12
東京都健康長寿医療センター研究所 桜井良太研究員、山形大学Well-Being研究所 清野諭助教、東海大学医学部 和佐野浩一郎教授は、「〇〇フレイル」といったフレイルの細分化に対する懸念点をまとめ、国際雑誌「Journal of the American Medical Directors Association」に寄稿し、掲載されました(オンライン版:5月28日付)。
「あなたはオーラルフレイルで、さらに社会的フレイルと認知的フレイルの状態ですが、身体的にはフレイルではありません」
将来、医療機関でこのように説明される場面があるかもしれません。近年、「〇〇フレイル」という言葉が頻繁に使われるようになっていますが、現状のフレイルの細分化は医療や地域保健において本当に適切な流れと言えるのでしょうか。
フレイル1とは、加齢に伴い生理的な予備能力が低下し、心身に問題が起きた際の抵抗力が低くなる状態を示しています。これは健康と健康悪化の境界に位置している可逆的な(改善が可能な)状態であるため、その予防・改善が健康寿命の延伸において重要とされています。従来、フレイルは主に身体的脆弱性の特徴(Frailty phenotype)や、広範な健康障害の蓄積(Deficit accumulation frailty)に基づき評価されてきました。さらに、その後の研究や世界保健機関(WHO)の提言により、個々の機能低下に着目するのではなく、包括的な視点でフレイルを捉えることの重要性が認識されるようになりました(関連論文・記事1参照)。この考え方は、かねてより当研究所が提唱する「体力・栄養・社会参加」という健康長寿を支える三本柱とも一致しています。
一方で、最近では「オーラルフレイル」、「社会的フレイル(ソーシャルフレイル)」、「認知的フレイル(コグニティブフレイル)」、「メンタルフレイル」、「アイフレイル」、「ヒアリングフレイル」など、フレイルのさまざまな側面を「〇〇フレイル」と簡潔に表現するケースが見受けられます。これらの細分化された用語は、個々の新しいフレイル概念として、日本を中心に提案されています。これらの細分化されたフレイルは特定の症状・機能低下やその要因を示しており、多くの場合、高齢期の健康状態悪化と関連することを根拠として「〇〇フレイル」と命名されているようです(図A)。しかしながら、これらは健康状態を包括的に捉えて予防・改善を図るという従来のフレイルの概念とは異なり、個々の症状・機能低下そのものがフレイルであるといった誤解を招く恐れがあります。また、こうした新しいフレイルの多くは研究目的や学術・職業団体の広報活動の一環で定義されていることが多く、予防を含めた包括的な視点を欠いている場合があります2。
例えば、ソーシャルフレイルでは一人暮らしや社会経済的地位の低さ(学歴や所得の低さ)が診断基準に含まれることが多いです。しかし、これらは「健康の社会的決定要因」と呼ばれるものであり、必ずしも個人の努力のみにより改善可能な要因ではなく、予防や対策が難しい側面を持ちます。そのため、これらを「フレイル」という言葉で一括りにすることは、意図せず偏見を助長する可能性もあります。こうした健康の社会的決定要因は、フレイルそのものではなく、フレイルを促進・抑制する社会的な要因として捉えるべきであり、「可逆的な状態がフレイル」という視点が十分に考慮されていません。この点については、老年社会学会のワーキンググループが詳細にまとめています(関連論文・記事2参照)。
高齢期の健康に関わる個々のリスク因子を特定し、その特性を深く理解することは極めて重要であり、研究において必要不可欠です。そのため、本寄稿文は個々の機能低下に関する研究や、その予防啓発を否定するものではありません。しかし、個々の機能低下を安易に「〇〇フレイル」と名付けることは、既存の臨床的・社会的概念との相違点や、問題の本質(何が本当の問題なのかという点)を曖昧にする恐れがあります。高齢期には複数の健康課題が相互に影響し合うため、フレイルを特定の機能の単一的な問題として扱うのではなく、その複雑で多面的な性質を考慮した、総合的なアプローチが求められます(図B)。例えば、日本では7つの機能領域から構成される基本チェックリストを用い、包括的にフレイルを評価する取り組みがすでに行われています。
図. フレイルと健康状態悪化の関連に関する考え方
(A)細分化されたフレイルは様々な健康状態悪化につながるとされているが、健康状態の相互関連の視点が欠けており、個々の機能低下が真の問題かどうかが不明である。(関連論文・記事3参照)
(B)細分化されたフレイルはあくまでもフレイルの一側面として捉え、複数の健康課題が相互に影響し合うことを念頭において、その機能低下の予防普及啓発が重要と考える。
※1 ヒアリングフレイルやアイフレイルは健康状態悪化との関連についての研究論文がないため、未記載
※2 栄養面の問題も含む
フレイルの細分化は、自身の健康問題をより身近に感じるきっかけとなるかもしれません。しかし、地域保健や医療において適切な運用を考えると、各「〇〇フレイル」がどのような要素で構成され、包括的概念であるフレイル全体の枠組みの中でどのような役割を果たすリスク因子なのかを、体系的に整理することが極めて重要です。明確な定義がないまま、単に個々の機能低下やその兆候を単純に「○○フレイル」として扱うことには注意が必要です。包括的であるべきフレイルの概念と整合性を保ちつつ、個々の専門領域から見たフレイルの特徴や要因を整理した上で、「〇〇フレイル」という概念を定義・公表し、適切に活用すべきではないでしょうか。地域で暮らすシニアの方の健康的な生活を支援するために、現在日本で用いられている「〇〇フレイル」という概念のあり方を研究者や医療従事者が再考する必要があると考えます。
1従来、日本では「虚弱」という翻訳で使われていたが、しかるべき介入により再び健常な状態に戻るという可逆性が存在するということを強調する意味も含め、2014年に日本老年医学会が「フレイル」という名称に定義統一した。ちなみに、「フレイル」は"Frailty"の日本語に訳した言葉だが、英語では形容詞にあたるので、国際的な使用には注意が必要である。
2オーラルフレイルについては、2017年頃から用語が公に使われ始めているが、2024年4月に3学会合同ステートメントが出され、「口腔機能の軽微な衰えの重複状態であるが、改善も可能な状態」と定義されている(関連論文・記事4参照)。しかしながら、オーラルフレイルが全身のフレイルやサルコペニア、低栄養を引き起こす要因(原因)として位置付けられており、高齢期には様々な健康問題が相互に関連していることを考慮すると、フレイル全体の枠組みの中でその位置づけを整理することが望まれる。
国際科学雑誌「Journal of the American Medical Directors Association(JAMDA)」
(現地時間5月28日)
Should frailty be subdivided in definition and assessment?
(フレイルは細分化して定義・評価されるべきなのか?)
著者:桜井良太、清野諭、和佐野浩一郎
1. World report on ageing and health 2015. World Health Organization
(https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/186468/WHO_FWC_ALC_15.01_eng.pdf)
2.「社会的側面からみたフレイル」検討委員からの提言
(http://184.73.219.23/rounenshakai/other/frail.htm)
3. Ryota Sakurai and Suzuki Hiroyuki.「Is oral frailty a cause or a consequence? 」
(オーラルフレイルは原因なのか、結果なのか?)
Geriatr Gerontol Int. 2025 Jan;25(1):129-131.
4. オーラルフレイルに関する 3 学会合同ステート
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsg/38/supplement/38_86/_pdf/-char/ja)
(問い合わせ先) |