<プレスリリース>顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーモデルマウスの病態改善に成功~鉄代謝とフェロトーシス経路を標的にした新たな治療戦略~

2025.7.11   

ポイント

  • 顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー(FSHD)*1の原因遺伝子DUX4*2による細胞毒性に、骨格筋内への異常な鉄蓄積とそれに伴う鉄依存性細胞死フェロトーシス経路*3の活性化が関与することを見出しました。
  • 予想外に、FSHDマウスへの鉄投与は、骨格筋の異常鉄蓄積とフェロトーシス経路の活性化を抑制し、病態を劇的に改善しました。
  • FSHDマウスにフェロトーシス阻害剤フェロスタチン-1(Fer-1)を投与すると顕著な病態改善効果が認められました。
  • 本成果から、鉄代謝*4やフェロトーシス経路を標的にしたFSHDの新たな治療法開発が期待できます(概要図)。

発表内容の概要

 FSHDは、遺伝性かつ進行性の筋疾患で、現在根本的治療法はありません。FSHDでは、DUX4という細胞毒性をもつ転写因子が骨格筋に誤発現します。DUX4の誤発現はFSHDの発症要因になると考えられていますが、DUX4がどのように細胞毒性を発揮し骨格筋に障害を与えるのか、そのメカニズムについてはあまりわかっていません(図1)。
 今回、東京都健康長寿医療センター研究所 筋老化制御研究室の中村晃大研究員、小野悠介研究部長(熊本大学発生医学研究所 教授兼任)らの研究チームは、DUX4が誘発する細胞毒性に微量元素である鉄の代謝異常が関連することを見出し、FSHDの新規治療標的になり得ることを報告しました。
 本研究では、FSHD患者およびFSHDモデル(DUX4-Tg)マウスの骨格筋において鉄が異常蓄積していることを観察しました(図2)。そこで体内の鉄を減らすと病態が改善すると予想し、検証しました。DUX4-Tgマウスに、鉄キレート剤の投与、低用量鉄含有食の摂餌、あるいは遺伝子改変から細胞内鉄取り込みを阻害したところ、予想に反し、筋力低下等のFSHD病態は改善されず、むしろ悪化させました(図3)。一方、意外にも、高用量鉄含有食の摂餌または鉄製剤を静脈投与すると、DUX4-Tgマウスの筋内異常鉄蓄積、握力、走力、自発的運動量等は著しく改善されました(図3)。さらに、骨格筋に発現したDUX4は、鉄依存性細胞死であるフェロトーシス経路を活性化させることを見出しました。フェロトーシス関連化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニング*5を実施したところ、フェロトーシス阻害剤フェロスタチン-1(Fer-1)を同定しました。DUX4-TgマウスにFer-1を投与すると握力や走力に顕著な改善効果が認められました。
 以上の結果から、DUX4が誘発する細胞毒性に鉄代謝異常をともなうフェロトーシス経路の活性化が関連することが明らかになりました(概要図)。今後、さらなるメカニズムを解明し、有効かつ安全なFSHD治療法の開発を推進します。

 本研究成果は,米国の医学雑誌「Journal of Clinical Investigation」への掲載に先立ち、令和7年7月1日(米国東部標準時午後12時)にIn-Press Preview版としてオンライン公開されました。

 なお、本研究は熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の日野信次朗准教授、東京科学大学難治疾患研究所の諸石寿朗教授、東京科学大学高等研究府の中山敬一特別栄誉教授、国立精神・神経医療研究センター神経研究所の斎藤良彦リサーチフェロー、西野一三部長との共同研究で行ったものです。

今後の展開

 FSHD患者の半数以上に網膜の異常がみられます。本研究で用いたDUX4-Tgマウスは、骨格筋にのみDUX4が発現するにも関わらず網膜血管異常を呈し、鉄投与によってその異常は改善しました。このことから、FSHDの網膜の病態形成には、エクソソーム等を含む骨格筋由来因子を介す臓器連関や、血管障害を介す可能性があります。DUX4が細胞内外の鉄代謝をどのように撹乱しフェロトーシス経路を活性化させるのか、また、細胞間相互作用や臓器連関については、さらなる研究が必要です。
 加齢による筋脆弱症であるサルコペニアや他の筋ジストロフィータイプにおいても鉄代謝異常は指摘されていることから、DUX4-Tgマウスで得られた知見は様々な筋疾患の病態解明に役立つ可能性があります。

【備考】
 鉄は生命にとって必須の微量元素ですが、過剰に摂取すると鉄中毒として肝臓などさまざまな臓器に障害を与えます。そのため、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、1日あたりの鉄分摂取推奨量が決められています。今回我々がマウス実験に用いた高用量鉄添加食は、コントロールの通常食に比べて約60 倍の鉄分を含有していますが、鉄中毒でみられる肝障害マーカーは変化していませんでした。また、本研究においてマウスに使用した鉄製剤は、ヒトの鉄欠乏性貧血治療薬として認可されているものであり、体重あたりの投与量はヒトと同程度です。しかし、マウスとヒトでは鉄代謝が異なる可能性もあり、今回の研究結果をそのままヒトに適用することはできないため、FSHD治療薬として用いるためにはヒトでの安全性と有効性の両面からの研究が必要です。

[概要図]

概要図.DUX4の細胞毒性に鉄代謝異常とフェロトーシス経路の関与が明らかになり、FSHDに対する新たな治療標的が見出された。

[図]

図1.DUX4による細胞毒性.FSHDでは、D4Z4リピート数の減少にともなうDNAメチル化低下、あるいはDNAメチル化酵素の異常により、DUX4が誤発現する。DUX4がどのように筋障害を引き起こすのか作用機序はわかっていない。

図2.DUX4-Tgマウス筋線維における鉄蓄積.DUX4を発現誘導したDUX4-Tgマウス(DUX4)から単離した単一筋線維において二価鉄(反応性の高い鉄)の異常な蓄積が観察された。

図3.DUX4-Tgマウスにおける鉄欠乏または鉄投与の影響.(A) DUX4を発現誘導したDUX4-Tgマウス(DUX4)において、 低用量鉄含有食(鉄欠乏食)摂餌群は、通常食摂餌群に比べて握力は顕著に低下した。*P < 0.05, Ctrl+通常食 vs. DUX4+通常食, †P < 0.05, Ctrl+鉄欠乏食 vs. DUX4+鉄欠乏食, ‡P < 0.05, DUX4+通常食 vs. DUX4+鉄欠乏食.(B) 高用量鉄含有食(高鉄食)摂餌により、DUX4-Tgマウスの握力はCtrlと同程度に維持された。*P < 0.05, Ctrl+通常食 vs. DUX4+通常食, †P < 0.05, DUX4+通常食 vs. DUX4+高鉄食.



[用語解説]
*1.FSHD:指定難病である筋ジストロフィーのひとつ。筋ジストロフィーの中では比較的患者数が多いと推定されている。
*2.DUX4:細胞毒性を持つ転写因子でFSHDの原因遺伝子。通常、胚発生や生殖細胞に発現するが、骨格筋には発現しない。
*3.フェロトーシス:鉄依存性の新たな細胞死の概念。過酸化脂質の蓄積を伴う。がん、神経変性疾患、心疾患など、さまざまな疾患との関連注目されている
*4.鉄代謝:細胞機能に必須の鉄は過剰になると細胞を障害するため、細胞内鉄濃度は厳密に制御される。鉄不足の状態では、トランスフェリン受容体(TFR)発現が増加し、細胞内鉄取り込みを促進する。細胞内のリソソーム、ミトコンドリア、フェリチンは細胞内鉄の貯蔵や利用を制御する。
*5.ハイスループットスクリーニング:短時間で多数の化合物の効果を評価し、候補物質を効率的に特定する手法のひとつ。創薬、バイオマーカー探索に活用される。

論文情報

論文名:Iron supplementation alleviates pathologies in a mouse model of facioscapulohumeral muscular dystrophy
著者:Kodai Nakamura, Huascar Pedro Ortuste Quiroga, Naoki Horii, Shin Fujimaki, Toshiro Moroishi, Keiichi I Nakayama, Shinjiro Hino, Yoshihiko Saito, Ichizo Nishino, Yusuke Ono*(責任著者)
掲載誌:Journal of Clinical Investigation
掲載日:令和7年7月1日(米国東部標準時12時)にIn-Press Preview版としてオンライン先行公開
DOI:doi: 10.1172/JCI181881.
URL:https://www.jci.org/articles/view/181881

プレス概要

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所
加齢変容研究チーム 筋老化制御研究室 
研究部長 小野 悠介
電話 03-3964-3241 内線4423
Email: ono@tmig.or.jp