2025.7.24
◆数年後にサルコペニアと診断される可能性がある人を調べるために、血液中の代謝物(生体指標)を使うことができないか、検討を行いました。
◆サルコペニアを発症した高齢女性(平均年齢72歳)では、血液中の2-アミノアジピン酸の濃度が低く、アラニンとロイシンの濃度が高くなっていました。
◆これらの血液中代謝物は、サルコペニアの発症を予測するために活用できる可能性があります。
高齢になると、筋肉量が減少し、筋力や身体機能も低下していくことがあります。このような状態は「サルコペニア」と呼ばれており、進行すると寝たきりや介護が必要な状態につながりやすくなります。そのため、サルコペニアの予防は、高齢化が進む日本において、健康寿命の延伸や社会全体の健康づくりの観点から極めて重要です1)。
ところで、まだ症状が現れていない高齢の方々の中から、今後サルコペニアを発症する可能性が高い人を早期に見つけ出すことができれば、その方々に対して優先的・集中的に予防対策を講じることが可能になります。したがって、サルコペニアのリスクが高い人を事前に把握するための新たな検査方法を開発することは、予防の効率化に大きく貢献すると期待されます。
そこで私たちの研究チームでは、サルコペニアの発症予測に活用できる血液中の代謝物(バイオマーカー)がないかを調査しました。
本研究の対象者は、当センターが実施している通称「お達者健診」に参加している高齢者の方々です。
この研究に参加していた高齢女性425名のうち、2017年時点ではサルコペニアではなかったものの、5年後の2022年の健診でサルコペニアと判定され、さらに必要な検査項目がすべてそろっていた方をランダムで37名抽出しました。私たちはこの37人を「症例群(サルコペニア発症群)」としました。
なお、サルコペニアの判定には基準があり、「骨格筋量が少ない」ことに加えて、「握力が弱い」または「歩行速度が遅い」という条件があてはまる場合に、サルコペニアと診断されます。
一方で、症例群の方々と2017年時点で年齢や体格、既往歴などがほぼ同じだった別の37人を選び、こちらを「対照群(サルコペニア非発症群)」としました。
そして、症例群と対照群の2つのグループについて、2017年の健診時に採取した血液中のさまざまな代謝物の量を網羅的に比較しました。
その結果は、以下の図1のとおりです。
今回の分析の結果、サルコペニアを発症した「症例群」では、発症しなかった「対照群」と比べて、2-アミノアジピン酸の血中濃度が低くなっていました。一方で、アラニンとロイシンの濃度は高い傾向が見られました。
これらはいずれも「アミノ酸」と呼ばれる、筋肉の合成や分解に深く関わる物質です。
2-アミノアジピン酸は、たんぱく質の分解を抑える働きに関与していると考えられています。その濃度が低いということは、たんぱく質(つまり筋肉)が分解されやすい状態にある可能性を示唆します。
一方、アラニンとロイシンは、筋肉を作る「材料」として使われるアミノ酸です。これらの濃度が高いということは、筋肉を作るための材料自体は体内に十分にあるものの、それがうまく使われていない=筋肉が合成されにくい状態にある可能性が考えられます。
さらに、これらのアミノ酸がサルコペニアのどの症状と関係しているかを詳しく調べたところ、2-アミノアジピン酸の濃度が低いほど、握力が低下していることがわかりました。ただし、骨格筋量や歩行速度との関連は見られませんでした。
一方で、アラニンやロイシンについては、握力、筋肉量、歩行速度のいずれとの間にも明確な関連は確認されませんでした。
今回の研究結果から、数年後にサルコペニアを発症する可能性が高い人を、症状がまだ現れていない段階で血液検査によって予測できる可能性が見えてきました。
このように早期にリスクを把握できれば、筋肉量や身体機能が大きく低下する前に、リスクの高い方々に対して効果的な予防策を集中的に提供することが可能になります。
今後、同様の研究がさらに進められ、知見が積み重ねられていくことで、サルコペニアの発症を防ぐための具体的な介入や支援が、より科学的に、そして個別化された形で実施できるようになると期待されます。
一方で、すでに社会参加している人に対しては、どのメッセージも大きな違いはありませんでした。既に行動している人はすでに高い意欲を持っているため、効果が出にくかった可能性があります。
雑誌名:Clinical Nutrition ESPEN
論文タイトル:Identification of metabolites associated with the development of sarcopenia in older women: A longitudinal nested case-control study
著者:Takashi Shida, Sho Hatanaka, Narumi Kojima, Takahisa Ohta, Kazushi Maruo, Yosuke Osuka, Hiroyuki Sasai
DOI番号:10.1016/j.clnesp.2025.07.006.
URL:https://www.clinicalnutritionespen.com/article/S2405-4577(25)01756-5/
1) 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2025年版. 2024.
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