<プレスリリース>認知症のいわゆる「空白の期間」の研究

2025.9.4

概要

認知症の違和感を覚えてから診断を受けるまでの期間を「空白の期間Ⅰ」、診断を受けてから介護保険サービスを利用するまでの期間を「空白の期間Ⅱ」ということがあります。
この期間が長ければ悪いと決まっているわけではないのですが、この期間は外部からの支援が届かず、本人が孤立孤独に苦しむリスクが大きいため、近年非常に注目されている概念です。

研究目的

1) 空白の期間が、時代と共に短くなっているかを比較すること。平成から令和になった時に、ちょうど認知症疾患医療センターで診断後等支援事業が事業化されました。従ってその前後で比較しました。

2) 空白の期間ⅠおよびⅡが、長くなる事例(75パーセンタイルより長い事例)の特徴を明らかにすること。

研究方法

 全国の認知症疾患医療センター、東北地方の認知症サポート医のうち、協力の意向を示した105施設に対して、10部ずつ調査票を郵送しました。現在通院している患者の家族に配布してもらい、患者の家族に記載し返送してもらいました。
 調査票では「認知症かもしれないと思いだした時期(A)」「病院で認知症の診断を受けた時期(B)」「介護保険サービスを利用し始めた時期(C)」を聞き、AB間が空白の期間Ⅰ、BC間が空白の期間Ⅱです。

研究結果

1)空白の期間は短くなっているか?
 216票の調査票が回収され、分析の結果、空白の期間Ⅰは8.3か月から13.6か月に変化しましたが統計学的な有意差はありませんでした(t=-1.432, p=0.154)。空白の期間Ⅱは27.1か月から5.9か月に統計学的にも有意に短くなっていました(t=3.103, p<0.001)。介護離職・転職は有意に減少し(p=0.009)、診断時の就労に関する情報提供は増える傾向がありました(p=0.183)。表1を参照ください。

2)空白の期間が長い事例の特徴
 空白の期間Ⅰ(気づき~診断)の平均値は13.5か月でした。25パーセンタイル、50パーセンタイル、75パーセンタイルはそれぞれ、1.0か月、7.0か月、16.0か月でした。16か月以上のものはそうでないものに比べて、介護者が男性、症状に気が付いたとき介護者が50歳未満だった、介護を理由に退職または転職したことがある、本人が受診をためらう、夫婦間の介護という特徴がありました。
 空白の期間Ⅱ(診断~介護)の平均値は16.9か月でした。25パーセンタイル、50パーセンタイル、75パーセンタイルはそれぞれ1.0ケ月、7.0か月、24.0か月でした。24か月以上のものは、そうでないものに比べて、症状に気が付いたときに介護者が50歳未満だった、介護者が高学歴、本人が男性、 診断時の本人の年齢が65歳未満、夫婦間の介護、同居、および介護者が診断時に安心したという特徴がありました。

研究の意義

 認知症学の重要なキーワードが「空白の期間」です。
 認知症の人の団体である日本認知症ワーキンググループの代表理事は2014年のG8 認知症サミット日本後継イベントにおいて講演し、「認知症の診断の後、常に緊張して頑張れば日常生活はできるが、周囲にはその苦労が分かりにくい。一人で苦しみ、もう続けられなくなり、人生が破綻して初めて介護保険のサービスの対象になる。この期間のことを『空白の期間』という」と述べています。
 本研究は、空白の期間の長さは短くなっているということを示したものです。また長い間、診断や介護に出会わない事例の特徴が明らかになりました。地域包括支援センターや医療機関は、このような特徴を持つ事例に出会った場合には、診断になかなか至らない、介護開始が遅くなる、といった可能性があることは認識したうえで接することは有意義でしょう。
 ここで注意していただきたいのは、当事者が空白の期間を問題にしたのは、「空白」すなわち絶望的な状況にあることを指しており、早く診断を得たい、早く介護保険サービスを受けたいといった「長さ」ではないということです。とはいえ、絶望や孤独を調べることは難しく、定量的にも捉えにくいため、私たちはまずは「長さ」という非常に単純な要素に注目して調査しました。
 早く診断されれば、早く介護保険が使えれば、絶望や孤独が解消するわけではありませんが、全く意味がないことはなく、社会が徐々に認知症の人に対する認識を変えてきているのだという証左になると思います。これは勇気ある当事者が声を挙げ、JDWGをいう団体を立ち上げたことに依ります。当事者の皆様への最大のリスペクトと共に報告をさせていただきます。
 なお、当然今後は空白の期間の絶望や孤立が本当に解消されていたのか、それを解消するにはどうすればよいのかという研究をしてまいります。

プレス概要

(問い合わせ先)
東京都健康長寿医療センター研究所 自立促進と精神保健研究チーム
電話 03-3964-3241 内線4118
Email: tokamura@tmig.or.jp
*出張が多いのでお電話に出られない場合はこちらからコールバックいたします。メールは当日中には返信いたします。

研究1)は東京都健康長寿医療センター研究所の岡村毅、井藤佳恵と、高知県立大学の矢吹知之を中心として厚生労働科学研究費「認知症診断後支援の総合的・学際的研究」(代表岡村毅)によって行われました。

研究2)は東京都健康長寿医療センター研究所の岡村毅、涌井智子、井藤佳恵と、高知県立大学の矢吹知之を中心として厚生労働科学研究費「認知症診断後支援の総合的・学際的研究」(代表岡村毅)によって行われました。