2025.10.27
「お金のために働くだけじゃもったいない?」――東京都健康長寿医療センター研究所の村山洋史研究副部長(テーマリーダー)らの研究チームは、高齢者の就労動機が2.5年後の社会的孤立の発生に影響することを報告しました。特に「やりがい」「社会への貢献」など非金銭的理由のみで働いている高齢者に比べ、「生活費」「小遣い」など金銭的動機のみで働く高齢者は、孤立するリスクが3.65倍高いことが示されました。
研究成果は、日本医師会が刊行する英文誌 JMA Journalに掲載されました。
高齢期の社会的孤立は、心身の健康や生活の質の低下と深く関わり、認知機能の低下やうつ、死亡リスクの上昇も報告されています。近年、日本では65歳以上の就労者が年々増加し、国も高齢者の就労継続や多様な働き方を推進しています。こうした中で、就労は孤立を防ぐ手段として注目されていますが、どのような働き方や動機が孤立予防に有効かは不明でした。
村山研究副部長(テーマリーダー)らは、東京都大田区在住の65歳以上の高齢者を対象に、就労の有無だけでなく、働く理由(「金銭的動機」か「非金銭的動機」か)に注目し、2.5年間の追跡調査で社会的孤立との関係を分析しました。
研究の目的は、高齢者が働いているかどうかだけでなく、働く理由の違いが将来の社会的孤立の発生にどのような影響を与えるのかを明らかにすることでした。研究チームは、2015年8月(ベースライン)と2018年1月(追跡)の2時点でアンケート調査を行いました。同居家族以外の他者との交流頻度を指標として社会的孤立を「同居家族を除く親戚や友人との対面または非対面での交流が週1回未満であること」と定義し、ベースライン時点で社会的孤立でなかった者1,556名を対象にしました。
就労状態は、常勤・非常勤を問わず、何らかの仕事をしている者を「就労あり」、していない者を「就労なし」とし、就労ありの者には就労動機を尋ねました。就労動機は、生活費や小遣いを得るための「金銭的動機」と、やりがい・社会貢献・生きがいなどの「非金銭的動機」に分類し、対象者を「金銭的動機のみ」「非金銭的動機のみ」「金銭的・非金銭的動機の両方」の3群に分けました。分析では、追跡時点での社会的孤立の発生をアウトカムにし、性別、年齢、健康状態、配偶者の有無、居住年数、社会経済的状態等の背景要因を統計的に調整し、就労状況と動機の違いによる社会的孤立の発生を検討しました。
まず、就労の有無と社会的孤立の関連を検討しましたが、統計学的に有意な関連はありませんでした。つまり、就労をしている/していないでは、将来の孤立の発生しやすさに違いはないということを意味しています。
次に、就労動機による違いを検討するため、就労している者を就労動機によって3群に分け、就労なしの者を合わせた4群で比較しました(図1)。その結果、就労なしの者に比べ、「金銭的動機のみ」で働く者は、2.5年後の孤立の発生リスクが1.90倍高いことがわかりました(95%信頼区間: 1.15-3.14)。
さらに、就労ありの者に限定し、就労動機による孤立発生の違いを見たところ(図2)、「非金銭的動機のみ」で働く者に比べ、「金銭的動機のみ」で働く者は孤立の発生リスクが3.65倍も高いことがわかりました(95%信頼区間: 1.75-7.61)。
図を見ると、「金銭的・非金銭的動機の両方」で働く者は、「非金銭的動機のみ」と「金銭的動機のみ」の中間程度のリスクであることから、「非金銭的動機」は孤立の発生を抑制する方向に、逆に「金銭的動機」は発生を助長する方向に働くことが伺えます。
これら結果は、非金銭的動機で働く人は、仕事にやりがいや役割を感じやすく、職場での同僚らとの交流が積極的に維持しやすいため孤立が抑制されたためと考えられます。反対に、金銭的理由のみの就労では、心理的充足感や交流の動機付けが乏しく、孤立予防の効果が限定的だった可能性があります。
本研究は、「働くかどうか」だけでなく「なぜ働くか」が高齢者の社会的孤立予防に重要であることを示した世界初の大規模縦断研究の一つです。高齢者の就労が増える中、単に就労を促すだけでなく、「何のために働くのか」という動機付けにまで踏み込んだ啓発が必要といえます。もちろん、金銭的理由で働くことが悪いわけではありません。様々な背景・境遇があり、経済的に働かざるを得ない状況の人もいるでしょう。そうであっても、孤立が心身機能の低下やうつ、死亡リスク等も関連することを踏まえると、金銭的理由以外の働く意味や動機付けを本人が少しでも認識できることが重要です。また、高齢者就労の支援者(例:ハローワークやシルバー人材センター、自治体職員など)は、非金銭的な動機が持てるような関わりや意識付けが重要となります。職場にとっては、やりがい・役割感など"非金銭的動機"を感じられる職場づくりが、孤立防止に役立つ可能性を示しています。
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