2025.11.25
► ミトコンドリア呼吸力の出力を強める"アンプ"として働く「COX7RP」がマウスの寿命を延ばすことを発見
積木細工構造のミトコンドリア呼吸鎖を"スーパー複合体"に完成させるラストピース因子COX7RPを増やすとマウスの寿命が明確に延長した。
► エネルギー代謝の改善と老化抑制が起こることを確認
COX7RPが多いマウスは、血糖・血清脂質の改善、エネルギー供給の上昇、活性酸素や細胞老化の減少を呈し、老化に対する抵抗性を示す。
► ミトコンドリア呼吸鎖のスーパー複合体をターゲットに長寿・健康寿命の延伸と元気増進を目指すことが可能
ミトコンドリア呼吸鎖のスーパー複合体が「長寿・健康寿命延伸」、「代謝異常(糖尿病・脂質異常症)」、「老化関連疾患」において新たな治療戦略の要になりうることが示された。
私たちの体の中では、ミトコンドリアと呼ばれる小さな「エネルギー工場」が、生命活動に必要なエネルギーを作り出しています。今回、私たちはこのミトコンドリアの働きを支える「COX7RP」というタンパク質に注目しました。COX7RPは、ミトコンドリアの中でたくさんの部品による積木細工構造からなるエネルギーを作る装置(呼吸鎖複合体)を結びつけ、"スーパー複合体"という完成形に組み上げる「ラストピース」の役割を担っています。この仕組みは、ミトコンドリアの酸素呼吸力を高める"アンプ"として働き、エネルギーを効率よく作り出すために重要だと考えられています。
今回、埼玉医科大学医学部ゲノム応用医学の池田和博准教授、東京都健康長寿医療センター研究所・老化機構研究チーム・システム加齢医学の井上聡研究部長らは、千葉大学大学院医学研究院分子病態解析学講座の協力を得て、日本医療研究開発機構・革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)ユニットタイプ「元気につながる生命現象の解明と制御」開発研究領域の研究開発課題「心身の元気をもたらす呼吸鎖超複合体動態制御の解明とその応用」の一環として、生涯どの臓器でもCOX7RPがたくさん存在するマウス(COX7RPトランスジェニックマウス)を作り、その寿命や代謝の変化を調べました。その結果、COX7RPを増加させたマウスでは、通常のマウスに比べて寿命が延伸することがわかりました。さらに、このマウスでは、血糖値の上昇がゆるやかになる傾向が見られ、血液中の中性脂肪やコレステロールの量も少なくなっていました。また、体内でのエネルギー(ATP)の量が増え、老化の原因とされる活性酸素(ROS)の産生が減り、老化の指標となる「β-ガラクトシダーゼ活性」も低下していました。細胞レベルで詳しく調べたところ、脂肪組織の中で「炎症や老化に関わる遺伝子」の働きが抑えられていることも分かりました。
これらの結果から、COX7RPがミトコンドリアの働きを高め、細胞や臓器の老化を抑えることで、エネルギー代謝のバランスを保ち、個体としての寿命を延ばす可能性が示されました。この研究は、「ミトコンドリアの力で老化を遅らせることができるのか?」という長年の問いに、新たな手がかりを与えるものです。ミトコンドリア(COX7RPやスーパー複合体)の働きを高めることで、糖尿病や老化などの予防・改善、さらには健康寿命の延伸をもたらし、元気につながる生命現象の解明と制御への可能性が期待されます。
(参考図)
私たちの細胞には、生命活動に必要なエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)を作る"小さな発電所"の働きをするミトコンドリア が備わっています。ミトコンドリアでは、糖や脂肪を燃やしてATPという化学エネルギーが作られ、運動・代謝・体温維持など様々な生命活動を支えています。近年、加齢に伴う病気や老化の原因として、ミトコンドリアの機能が低下することが重要な鍵であることが明らかになってきました。
私たちはこれまでの研究で、たくさんの因子から形作られる積木細工構造のミトコンドリアの呼吸鎖複合体(複合体I、III、IV)を、さらに「スーパー複合体(supercomplex)」というより大きな構造に組み上げるラストピース因子として働くCOX7RPを発見しました。この複合体化により、複数の呼吸鎖複合体が一緒に働いて、呼吸力の出力増幅とより効率的なエネルギー生成がもたらされること、その一方で、酸素呼吸の裏で生み出されるいわば「廃棄物」ともいえる「活性酸素」の発生を抑え、エネルギーのロスを削減できるということを見出しました。さらに、この仕組みは、マウスの運動持久力や体温調節に重要であることが分かりました。
これらのことから、「ミトコンドリアの構造・機能を整える働き(スーパー複合体形成を含む)」は、運動能力や代謝制御、病気の進行ばかりでなく、「加齢・老化・寿命」においても大きな意味を持ちうると考えました。そこで、本研究では、「ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体を形成する因子COX7RPが、代謝ホメオスタシス(代謝の安定性)および寿命にどのように寄与するか」について明らかにすることを目的に、COX7RPを多く持つマウス(COX7RPトランスジェニックマウス)を解析しました。
本研究では、生涯どの臓器でもCOX7RPを多く発現するトランスジェニックマウス(以下、COX7RP-Tgマウス)を作製し、通常マウス(野生型)と比較して、代謝・ミトコンドリア機能・寿命などを総合的に評価しました。その結果、COX7RP-Tgマウスでは野生型マウスに比べて寿命の延長が確認されました。これは、COX7RPがエネルギー代謝を介して個体の寿命に影響を与える可能性を示す初めての知見です。
さらに、COX7RP-Tgマウスでは白色脂肪組織の重量が低下していることが示されました。個体レベルでの代謝を解析すると、インスリンがよく働き血糖値の低下が起きやすい(いわゆるインスリン感受性の上昇)ことによる糖代謝の改善がみられること、また、血清中の中性脂肪(TG)および総コレステロール(TC)濃度の低下を示すことから糖・脂質代謝の改善が認められました。
ミトコンドリアの機能解析では、ATP産生量の上昇、活性酸素の減少、酸素消費量の増加が認められました。加えて、ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体の形成が亢進しており、エネルギー産生の効率化が進んでいることが明らかになりました。これらの結果は、COX7RPがミトコンドリア機能を強化し、細胞レベルでのエネルギー供給能力を高めていることを示唆します。
さらに、単一細胞核RNAシーケンス(snRNA-seq)解析により、老齢マウスの白色脂肪細胞において、COX7RP-TgマウスではSASP(老化関連分泌因子)関連遺伝子の発現が低下していることが明らかとなりました。これは、老化に伴う炎症性反応の抑制を意味し、健康寿命の延伸につながる可能性を示しています。
これらの成果から、ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体の形成促進が、効率的なエネルギー代謝と酸化ストレスの軽減をもたらし、最終的に個体の寿命の延長に寄与する可能性が示されました。本研究は、ミトコンドリア機能の改善を介した新たな老化抑制メカニズムの存在を示すものであり、今後の加齢研究や健康寿命延伸・元気増進戦略において重要な手がかりとなることが期待されます。
本研究により、ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体の形成を促進するための鍵を握る因子であるCOX7RPが、エネルギー代謝の改善を通じてマウスの寿命延長に寄与することが明らかになりました。得られた成果は、ミトコンドリア研究や老化研究の新たな展開を示しており、その重要性は以下のとおりです。
第一に、COX7RPを多くさせたマウス(COX7RP-Tgマウス)では、通常のマウスと比較して明確な寿命延長効果が実証されました。ミトコンドリアの呼吸鎖複合体の高次の安定化・効率化が、エネルギー産生という細胞レベルの現象を超えて、哺乳類の"寿命"という個体レベルの指標にまで影響することを初めて示した画期的な成果です。
第二に、代謝およびミトコンドリア機能の改善が確認されました。COX7RP-Tgマウスでは、血糖値や血中脂質などの代謝指標が改善し、ATPおよびNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)といったエネルギー代謝の基礎となる分子が増加しました。さらに、活性酸素(ROS)の低下および細胞老化の減少も観察され、ミトコンドリア機能の向上が老化抑制に直結していることが示唆されました。これらの結果は、単に寿命を延ばすだけでなく、健康寿命・元気増進の延伸という観点からも重要な意義を持つと考えられます。
第三に、細胞老化および脂肪組織におけるSASP(老化関連分泌因子)低減という新たなメカニズムが明らかとなりました。加齢に伴って脂肪組織などでSASP遺伝子群の発現が上昇し、慢性炎症や代謝異常を引き起こすことが知られていますが、老齢のCOX7RP-Tgマウスの白色脂肪組織ではこれらのSASP遺伝子の発現が低下していました。これは、ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体の形成促進が細胞老化の抑制、代謝の改善に繋がる新たな生理的機能を示す知見と考えています。
第四に、元気をもたらすメカニズムとしてのインパクトと将来性が挙げられます。本研究で得られた知見は、ミトコンドリア呼吸鎖のスーパー複合体形成を制御・促進する戦略が、糖尿病、脂質異常症、肥満などの代謝異常疾患や、加齢に伴う脂肪組織の老化・慢性炎症といった老化関連疾患の予防・改善に加え、元気状態へと役立つ可能性を示しています。COX7RPそのものの機能解明や、スーパー複合体形成を促進する新たな治療介入や元気亢進法(薬剤・サプリメント・栄養素・食品など)の開発へとつながる可能性が期待されます。
本研究は、ミトコンドリアの構造的最適化が個体の寿命や健康に直結することを示したものであり、今後の老化研究および健康寿命延伸の基盤となる重要な成果をもたらしました。「元気」な状態の維持・向上に関わる生命現象の解明ならびにその制御を可能とする画期的な分子基盤となることが期待されます。
この研究成果は日本時間11月19日に英国科学雑誌「Aging Cell」オンライン版に掲載されました。
池田 和博(埼玉医科大学医学部ゲノム応用医学 准教授)
井上 聡(東京都健康長寿医療センター研究所 システム加齢医学 研究部長)
1)呼吸鎖複合体:ミトコンドリアの内膜上に存在する細胞呼吸に関わる酵素群。呼吸鎖複合体 I, II, III, IV が行う電子の受け渡し(電子伝達系)と呼吸鎖複合体 V であるATP合成酵素が行う酸化的リン酸化の一連の反応によって、酸素を消費しATPを産生する。
2)スーパー複合体:呼吸鎖複合体 I~IVがさらに複合して形成される巨大な複合体。ミトコンドリアの呼吸鎖複合体はスーパー複合体を形成して効率よく呼吸反応を行っていることが解明されつつある。
3)ATP:アデノシン三リン酸。ATPのリン酸基の加水分解によって発生するエネルギーは生体の様々な反応に利用されており、「生体のエネルギー通貨」とも言われる。
4)COX7RP:ミトコンドリア呼吸鎖スーパー複合体の形成促進因子として、我々および海外の研究グループから発見された。
5)単一細胞核RNAシーケンス(snRNA-seq): 個々の細胞の遺伝子発現量を詳しく調べる技術で、どの遺伝子がどの細胞で働いているかを明らかにする方法。
6)NAD: ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド。細胞内でエネルギー産生や酸化還元反応を仲介する補酵素であり、加齢とともに減少することが報告されている。
Aging Cell (エイジング セル)
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/acel.70294
Mitochondrial respiratory supercomplex assembly factor COX7RP contributes to lifespan extension in mice
Kazuhiro Ikeda, Sachiko Shiba, Masataka Yokoyama, Masanori Fujimoto, Kuniko Horie, Tomoaki Tanaka,
Satoshi Inoue
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