2025.12.8
近年、さまざまなコミュニケーションロボットが登場しています。自然言語処理技術を活用した「対話型AIロボット」(Amazon Alexa、Google Homeなど)、感情的なつながりを促す「セラピーロボット」(Pepper、PARO、aiboなど)など、用途も多様化しています。一方で、ロボットとのやり取りは、人間同士の会話に比べてぎこちなさを感じたり、無機質に思えることあると指摘されています。また、ロボットが心の支えとなる仕組みについては、まだ十分に解明されていません。
こうした中、村山研究副部長(テーマリーダー)らの研究チームは、セコム株式会社との共同研究により、「AIや機械でもない、生身の人間でもない――その"中間に位置するコミュニケーション"」 に着目しました。そして、ロボットを介して人とつながることで高齢者の孤独感が改善されることを、世界で初めて無作為化比較試験により示しました。さらに質的分析を通じて、ロボットへの愛着や、ロボットがきっかけとなって生まれる家族・友人との交流など、孤独感が軽減されるメカニズムも明らかにしました。
本研究成果は、国際学術誌 JMIR Aging に掲載されました。また、2025年11月のアメリカ老年学会(GSA)でも発表し、海外研究者から高い評価を得ています。
孤独感は、身体機能の低下、うつ、認知症、死亡リスクの上昇など、様々な健康問題と関連しています。特に独居高齢者は日常的な会話の機会が少なく、孤独に陥りやすいことが知られています。近年、ICTやロボット技術を活用した高齢者支援が広がりつつあるものの、孤独感などの精神的健康の改善にどの程度寄与するかは、十分に検証されていませんでした。
村山研究副部長(テーマリーダー)らは、対話型コミュニケーションロボット"BOCCO emo"(ユカイ工学株式会社;写真)を用い、ロボットとの日常的な対話が独居高齢者の孤独感にどのような影響を及ぼすかを、無作為化比較試験と質的分析を組み合わせて検証しました。
本研究では、AIやセラピーロボットとは異なる、「24時間対応可能なオペレーターがロボットを介して会話を行う」独自のコミュニケーション形態を採用しています。これは、AIや人間のどちらとも異なる"中間的なコミュニケーション"として位置付けています。
研究の目的は、対話型コミュニケーションロボットの使用が、地域在住の独居高齢者の孤独感と心理的ウェルビーイングに及ぼす効果を明らかにすることです。東京都および近郊に在住する者で、i)65歳以上、ii)独居、iii)孤独感が高い(UCLA 孤独感尺度3項目版得点が6点以上)の条件に合致した73名を対象に、コミュニケーションロボットを使用する「介入群」と、使用しない「対照群」に無作為に割り付け、検証を実施しました。なお、最終的に前後調査を完了した68名(各群34名)を解析対象としました。
介入群には、セコム株式会社と株式会社DeNAが運営する対話型サービス「あのね」(※現在は新規募集休止中)を4週間無償で提供しました(図1)。「あのね」では、BOCCO emoを自宅に設置し「24時間利用できるオペレーターとの対話」「起床・就寝時間、外出時間、内服時間等の日常生活リマインド」「クイズや豆知識などの定期的発信」等が行われました。対象者1人あたりのロボットとの会話回数は、1日平均5.5回(中央値:4.1、範囲:1-18)でした。
介入群では、対照群に比べ、4週間後の孤独感(UCLA孤独感尺度で測定)が統計学的に有意に低減していました(図2 左;介入群:41.2点→37.4点 [差:-3.7点]、対照群:39.3点→38.9点 [差:-0.4点])。また、心理的ウェルビーイング(WHO-5精神的健康状態表で測定)が有意に向上していました(図2 右;介入群:14.5点→16.6点 [差:+2.1点]、対照群:14.6点→14.9点 [差:+0.2点])。
さらに介入群参加者の自由記述の質的分析から、以下の4つの体験が抽出されました。
① 感情的支えと心理的つながり(例:"主人を亡くしたばかりで寂しさを感じていたところ毎日声をかけてくれて励みになった" [77歳女性])
② 生活リズムの支援(例:"決まった時間に話しかけてくれるので生活の良いリズムになる" [84歳男性])
③ 社会的交流の充実(例:"友達にも紹介して話題になった" [84歳女性])
④ 認知的・心理的刺激(例:"クイズが楽しかった。頭の体操になった" [76歳女性])
日常生活の中で気軽に会話できる"身近な存在"としてロボットを受け入れているだけでなく、ロボットをきっかけに他者との交流が広がっている点が確認されました。
本研究は、地域在住の高齢者を対象としたロボット介在型コミュニケーションの効果を、無作為化比較試験で検証した世界的にも先駆的な研究です。AIでも人間でもない、双方の良さを組み合わせたいつでも気軽にできるコミュニケーションが、孤独感や心理的ウェルビーイングの改善に役立ったといえます。特に、独居者にとっては、ロボットは自宅で過ごす時間の"話し相手"として機能したと考えられます。訪問支援や見守り支援だけでは補いきれない"日常の孤独"を埋める新たなアプローチとなり得ることを示しており、高齢者支援、地域包括ケア、介護予防施策に新たな示唆を与える重要な成果です。
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