2025.12.15
東京都健康長寿医療センター研究所の渡辺信博・准主任研究員らの研究グループは、痛みを起こさない温度で間欠的に皮膚を冷却する刺激が、松果体からのメラトニン分泌を抑制することを動物モデルで明らかにしました(図1)。さらにこの作用には、松果体に分布する交感神経の通り道である頸部交感神経が関与することも示しました。本成果は、メラトニン分泌調節の新しい神経メカニズムの発見であり、睡眠障害に対する非薬物的アプローチの開発に貢献することが期待されます。
本研究成果は、2025年11月12日付けで国際学術誌「Neuroscience Letters」電子版に掲載されました。
冷水シャワーなどの皮膚への温度刺激が、睡眠の質を向上させることが報告されていますが、そのしくみは十分には分かっていません。当研究室ではこれまでに、皮膚への刺激は、感覚や情動とは独立して自律神経のはたらきを変化させ、内臓や内分泌器官の機能を調節する「反射」のしくみが存在することを明らかにしてきました。このような反射は、皮膚刺激が身体に作用するしくみの一部と考えられています。例えば、温熱や冷却といった刺激は、特に痛みを起こすような極端な温度のときに心臓や副腎髄質などの機能に影響します。
皮膚の温度受容器は、温度が一定のときよりも温度が変化するときに特に強く反応するという特徴があります。この特徴をもとに、皮膚に与える刺激の温度を繰り返し変化させると、痛みを起こさないようなマイルドな温度でも尿道機能が調節されることを近年報告しました。
睡眠―覚醒リズムの調節に関わるメラトニンは、松果体で合成・分泌されるホルモンで、自律神経のはたらきにより調節されます。そこで私たちは、痛みを伴わない温度で間欠的に冷却刺激を繰り返し与えることで、松果体からのメラトニン分泌が変化するのではないかと考え、動物モデルで検証しました。
本研究では、松果体から分泌されるメラトニン量を調べるため、マイクロダイアリシス法用語1)で松果体を灌流し、採取した液に含まれるメラトニン濃度をELISA法用語2)で測定して調べました。皮膚への冷却刺激には、温度を精密にコントロールすることができるペルチエ素子がついた温度刺激装置を用い、痛みを起こさない範囲(30℃と15℃の間)で温度を繰り返し変化させて、動物の背部の皮膚に間欠的に冷却刺激を与えました。
その結果、20分間の冷却刺激によりメラトニン分泌が減少することが分かりました(図2)。この冷却刺激の作用は、松果体に分布する交感神経の通り道(頸部交感神経)を切断すると消失しました。この結果から、皮膚への冷却刺激がメラトニン分泌を減少させる作用には、交感神経が必須であることが示されました。一方、動物の深部体温は冷却刺激を与えている間もほとんど変化しませんでした。
松果体からのメラトニンの分泌は、光により調節されることはよく知られています。本研究の結果は、反射のしくみを通じて、皮膚への温度刺激でもメラトニン分泌を調節できることを示しています。本研究で用いたような間欠的に皮膚を冷やす刺激が、睡眠に作用するかどうか検証していくことにより、今後、薬に頼らない睡眠障害の緩和法の開発につながる可能性があります。
雑誌名:Neuroscience Letters
題 名:Intermittent mild skin cooling stimulation inhibits pineal melatonin secretion in urethane-anesthetized rats
著者名:Nobuhiro Watanabe, Masamichi Moriya, Harumi Hotta
DOI:https://doi.org/10.1016/j.neulet.2025.138444
用語1) マイクロダイアリシス法:臓器に挿入した微小透析膜プローブを介して、細胞外液に含まれるホルモンや神経伝達物質などの物質を採取する方法。
用語2) ELISA法:酵素免疫測定法(Enzyme-linked immunosorbent assay)。試料中の物質を抗体と反応させ、酵素反応で検出、定量する方法。
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