2025.12.22
東京都健康長寿医療センター研究所の堀田晴美・研究部長らの研究グループは、大動脈からの血圧情報が、筋肉(骨格筋)に分布する交感神経の反射反応を抑制し、筋力を低下させることを動物モデルで明らかにしました(図1)。本成果は、血圧と筋収縮の感覚情報が相互作用することで、筋力を調節することを示した新しい神経メカニズムの発見です。
本研究成果は、2025年11月20日付けで国際学術誌「Journal of Physiological Sciences」電子版に掲載されました。
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図1 本成果の内容を示すまとめの図 |
ふくらはぎの筋肉には多くの交感神経が分布しており、その約90%は血管を収縮させる神経であると考えられています。血管(動脈)に分布する交感神経は、血管を収縮させることで血圧の調節に関わります。血圧の状態は、心臓近くの大きな動脈の壁に存在する圧受容器で検出され、求心性神経を通って脳に送られた情報は交感神経の活動を変化させて血圧を調節します。例えば、血圧が上がったときには交感神経の活動を弱めることで血管を拡張させることにより、高くなった血圧を下げようとします。
筋肉に分布する交感神経は血管だけでなく、神経筋接合部用語1)にも分布し、筋力や筋肉量、神経筋接合部の形を保つのに関わることが示唆されています。私たちの研究室では最近、筋収縮の情報が交感神経活動を強める反応(反射)を引き起こし、その結果として筋収縮力を増強するという、筋肉と交感神経の間でフィードバック調節のしくみがあることを報告しました。
そこで本研究では、筋肉内の動脈を支配する交感神経が神経筋接合部にも分布し、血圧の情報が筋力に影響するのではないかと考え、動物モデルで検証しました。
本研究では構造と機能の両面から検証をおこないました。まず構造面では、ふくらはぎの筋肉における運動神経、アセチルコリン、交感神経、動脈をそれぞれ標識して顕微鏡で観察しました。その結果、動脈に沿って走行する交感神経の一部が枝分かれし、神経筋接合部に接していることが分かりました(図2)。
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図2 ふくらはぎの筋肉の顕微鏡画像 動脈(マゼンダ)周囲に分布する交感神経(緑)の一部が神経筋接合部(ニコチン受容体:赤、運動神経:水色)に向かって走行し、接していることが分かった。 |
機能面では、運動神経を電気刺激することで生じるふくらはぎの筋肉の収縮力やふくらはぎに分布する交感神経の経路(腰部交感神経幹から枝分かれする交感神経)から神経活動を記録して、薬(昇圧剤)で血圧を上げた時の影響を調べました。その結果、血圧を上昇させると筋収縮力は約7%低下して、血圧の上昇の程度に応じて筋収縮力が低下することが示されました(図3)。さらに交感神経活動の反射反応も筋収縮力と同様に、血圧の上昇の程度に応じて弱まることが分かりました。一方、大動脈の神経を切断して血圧の情報が脳に伝わらないようにすると、同じように血圧を上げても筋収縮力も交感神経反射も変わらなくなりました。したがって、圧受容器で受け取られた血圧の情報は、筋収縮力(筋肉と交感神経の間でのフィードバック調節のしくみ)に影響することが示されました。
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図3 ふくらはぎの筋肉の収縮力への血圧上昇の影響 運動神経刺激により生じるふくらはぎ筋の収縮波形の記録例(A)と群データ(B)。筋収縮力は昇圧剤を使って血圧を上昇させた時に低下した。血圧変化と筋収縮力の変化の間に関連が認められた(C)。 |
これまで圧受容器からの血圧情報は、血圧を調節するものとして理解されてきました。本研究により、大動脈からの血圧の情報は筋収縮力を調節する役割もあることが明らかになりました。運動中や姿勢を変えるときは、血圧を調節するとともに筋肉を収縮させて体を動かしたり姿勢を保ったりします。そのため、本研究で見出された血圧と筋収縮の感覚情報が相互作用する状況は、知らず知らずのうちに日常生活で起こっているといえます。本研究の成果は老年期に増加するフレイルや転倒の病態メカニズムを理解したり、新たな治療戦略を構築したりするのに役立つと考えられます。
雑誌名:Journal of Physiological Sciences
題名:Activation of aortic baroreceptors depresses the somato-lumbar sympathetic reflex, reducing hindlimb muscle contractile force
著者名:Nobuhiro Watanabe(渡辺信博), Kotaro Takeno (竹野光太郎), Naoko H. Tomioka (富岡直子), Masamichi Moriya (守屋正道), Hiroshi Nishimune (西宗裕史), Harumi Hotta (堀田晴美)
DOI:https://doi.org/10.1016/j.jphyss.2025.100051
東京都健康長寿医療センター研究所 老化脳神経科学研究チーム 自律神経機能
堀田晴美研究部長、渡辺信博研究員、守屋正道非常勤研究員
東京都健康長寿医療センター研究所 老化脳神経科学研究チーム 老化神経生物学
西宗裕史研究部長(東京農工大学農学部教授兼務)、竹野光太郎技術員、富岡直子技術員
用語1) 神経筋接合部:運動神経が筋肉(骨格筋)に情報を伝えるための構造。運動神経から放出されたアセチルコリンが
筋肉のアセチルコリン受容体を活性化し、筋細胞が興奮すると筋収縮が生じる。
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